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zoom RSS 「二重国籍問題」問題

<<   作成日時 : 2016/09/16 19:14   >>

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 蓮舫氏の台湾籍が残っていたとかで「二重国籍」だと問題になっていますが,結局のところ「何が問題視されているのか」がよくまとめられないままに「問題だ」という声だけが大きく聞こえているように見えます。
 そもそも,今回は何が問題視されているのかよく分かりません。蓮舫氏の一連の説明に矛盾があるとしても,それは「国会議員が二重国籍の状態にある」こととは関係がないわけです。個々の事例には責められるべきものもあるのかもしれませんが,そもそも何が問題なのかが明らかにならなければ,蓮舫を批判したい手合いが「とりあえず何でもいいから批判できそうなものを取り上げて批判している」だけのことでしかないという結論になってしまうのではないでしょうか。




 「国政政党の代表は一般の国会議員よりも高い道徳水準が求められる」とか「将来総理大臣になるかも知れない人が二重国籍なのは問題だ」とか,言い方はいろいろあるようですが,要は他人には高い基準を設け,自分は高い基準を求められる人ではないしそうなることもないから不問にされるべきだと考える,一種のダブルスタンダードな姿勢なのです。
 そもそも「一般の国会議員」に「高い道徳水準」を求めているにもかかわらず,「国政政党の代表」とか「国務大臣」とかに「さらに高い道徳水準」を求めているわけですが,「高い」とか「さらに高い」とかいうのが具体的にどのような水準なのかは誰も語らないわけです。「軽微なものでも法律違反をしない」というのは「高い道徳水準」ではないことが明らかなわけですが,「疑われないようにすることが高い道徳水準だ」ということになると,誣告であれこじつけであれとにかく疑われてはならない,ということになり,周りに敵が誰も居ない聖人君子か敵を抹殺し尽くした独裁者でもなければこのような境地に達することはできないでしょう。
 また,国籍に関しては「純日本人ではないから」とか「元は敵対民族の子だから」とかいう難癖も見られますが,「他人には高い基準を設け,自分はそのような基準が適用されない」という姿勢だと考えれば,これも同じようなことを言っているに過ぎないことが理解できましょう。




 堀茂樹氏の「蓮舫氏の出自は、それが米国でも中国でも韓国でも、いっさい問題でない。彼女の国籍状況が、現行国籍法の示す規範に照らして、国会で国民主権を代表する議員に相応しいか否かだけが問題。」というのは,蓮舫氏の問題を「国籍の問題」として捉えている(ものを分かっている)人っぽい発言のように見えるのですが,日本の国会議員の国籍要件は「日本国籍を持っていること」でしかないことを知らないのでしょうか。
 さらに「国籍は出自を超える法的資格なのですよ」と知った風に言っていますが,二重国籍の状態にある人に被選挙権を認めないということが明記されていない限り,日本国籍を持っている蓮舫氏の被選挙権(法的資格)に問題はないわけで,蓮舫氏の法的資格を云々してみても意味はないのです。
 堀氏は,まるで蓮舫氏の法的資格だけを問題にしているかのように言っているのですが,法的資格と言えば言うほどに,今回の蓮舫氏の事例に「問題はない」ことが見えてくるわけで,そのほかの問題は法的資格の問題ではないということが出てくるわけです。小難しく「国籍状況が、現行国籍法の示す規範に照らして、国会で国民主権を代表する議員に相応しいか否かだけが問題」と言ってみたところで,「法的資格」という言葉を出した時点で,実は堀氏本人が国会議員に「法的資格」以上のものを求めている(つまり問題の本質は「法的資格」ではない)ということを露呈したわけです。
(説明が二転三転しようが,台湾籍を抜き忘れた二重国籍状態であろうが,蓮舫氏の人格が信用できなかろうが,それはすべて「法的資格」の問題とは別;また,法律の努力義務を怠っていたところで,それ自体が国会議員の「法的資格」に問題を及ぼすことはないのは言うまでもなく,「道義的責任」として提起されるにすぎない)
 この件に関して,堀茂樹氏のツイートはよく分からないものが多く見られます。そもそも法的なアイデンティティ」はその人自身で決定できるものではなく,法によって規定されるものですから,蓮舫氏が何と言おうが,それによって蓮舫氏の法的地位が決定されるものではないのです。よって蓮舫氏の発言から見えるのは「法的なアイデンティティに対する蓮舫氏自身の認識」でしかなく,文脈がどうであれそれを「気持ち」と解釈することが「バカにするも同然の非礼」とまで言えるかどうかは疑問です。まさか「アイデンティティは自分自身で決定するものであり,法的なアイデンティティについても同様に考えられる」という認識なのでしょうか。
 「純血主義などをキッパリ排除する普遍主義の立場にあってこそ、主権への参加資格たる国籍が遵法の状況にあるか否かは重要なのです。」というのも2つの問題を混乱しているものと言わざるを得ないでしょう。主権への参加資格が違法の状態にあれば,主権に参加することはできない(もしくは違法に参加していることになる)のですが,蓮舫氏が二重国籍であったとしても,その選挙権・被選挙権に関しては何の問題もないわけですから,主権への参加資格に疑義を呈することはできないのです。その上で「国籍が遵法の状況にあるか」というのは,国籍法16条の話をしているのでしょうが,努力義務であって「それが為されていない=即違法」というものではないのです(法務省が義務を果たすように催告する規定も入っているのですから,行政の不作為も非常に大きい)。まあ,「遵法」という言葉を使って「違法ではない」と一線を画そうとしているのも姑息な言い回しであるのですが,そもそも「主権への参加資格」に問題がない以上,この疑義自体が成り立っていないと考えるのが自然でしょう。




 今回の蓮舫氏の事例を見て明らかになったことは,日本国が二重国籍を認めていないというのはあくまでも法律上のことで,実際には二重国籍の状態にある人のことは放置プレイだったということなのです。

 今回の話で国籍問題をいろいろ取りざたしている人たち,特に蓮舫氏を批判している人たちというのは,二重国籍を認めずに単独でしか保持できない日本国籍というものに自分のアイデンティティを重ね合わせ,同時にその価値を高く評価することで自分も高く評価していた人たちなのではないかと思うのです。
 このような手合いは,おそらく「二重国籍」状態の問題自体は把握していたでしょうが,あくまでも子どもに起こり得る「一時的なもの」で,大人になるまでの期間「特別に認めてやっているもの」という認識だったのでしょう。しかし,ここに来て蓮舫氏のように国籍選択をした人にも「二重国籍」状態が存在し得るという事務手続き上の問題の存在によって,日本国籍が「唯一無二の特別なもの」として確固たる存在を築いているものではなかったことが明らかにされてしまった訳です。そのことへのいらだちが,蓮舫氏への激しい批判・攻撃となって現れているということなのではないでしょうか。




 ちなみに,国籍の選択が「国家への忠誠の表明」だと考える人も居るようですが,そもそも国籍の選択は「国家への忠誠の表明」ではないということに注意が必要です。国籍の選択はあくまでも「所属の表明」であって,所属の用件に国家への忠誠を必要とするという考え方は単に国家主義的でしかなく,無条件にすべての人に適用し得るというものではないでしょう。
 また,百歩譲って「国家への忠誠の表明」という観点を認めるとしても,それは「生まれながらに二重以上に国籍を持つ人」や「その国の国籍を取得しようとする人」についてそのように言う余地があるに過ぎず,「生まれながらにその国の国籍しか持っていない人」には適用できないのです。
 そもそも日本の場合,生まれながらに日本国籍を持っている人は,「国家への忠誠の表明」をする必要なく日本国籍を持つことができているのです。そして,国籍の保持に「国家への忠誠の表明」は必要ないのですから,日本国籍を生まれながらに持っているからと言って,むしろ生まれながらに持っているからこそ,「国家への忠誠」があるかどうかは不明なわけです。それどころか,「国家への忠誠」が欠片もなくても,現実問題として他国の国籍を取得しなければ日本国籍を放棄することができない(「無国籍」になるという選択肢はない)わけで,他国の国籍を取得できる状況がなければ日本国籍の保持には影響しないのです。
 国籍変更した人の「国家への忠誠」に疑義を示す手合いは,まるで生まれながらに国籍を持っている人の「国家への忠誠心」が国籍変更した人よりも高いレベルにあると言わんばかりですが,少なくとも日本国籍の保持者についてそのような主張をしてみたところで,実際には何の根拠もないということです。
 さらに言えば,そもそも「国家への忠誠」とは何なのでしょうか。「自分は国家への忠誠心にあふれている」と主張することでしょうか。防衛費の増大を我慢することでしょうか。「国防のため」なら政治家の言うことを何でも丸のみにすることでしょうか。自分の命を危険にさらしてでも自衛隊や軍隊に身を投じることでしょうか。それとも,国防政策に批判的な人を「非国民」扱いして「日本から出て行け」と書き散らすことでしょうか。

 一部「税金をきちんと払っている」ことが「国家への忠誠」を表すものだと考えているとすれば,それは誤りだと言うべきでしょう。義務の履行が「国家への忠誠」であるならば,ほとんどすべての日本国籍保持者と日本国在住者の「日本国への忠誠」は疑う余地がなくなります。義務は履行するように国家からの強制や圧力がかかりますから,その履行が「国家への忠誠」ならば,強制的であるとは言え恒常的に「国家への忠誠」を表明していることになるからです。
 つまり「税金を払っている」とか何とか,義務を果たしている程度のことで「国家への忠誠」を示していると胸を張って言っている手合いの「国家への忠誠」など,たいしたレベルではないわけです。

 そもそも,単一国籍者であるからと言って,その人の「国家への忠誠」が単一で唯一で高水準のものであるということを量る手段はありません。また,国籍変更者や二重国籍者の「国家への忠誠」が単一国籍者よりも低いという根拠もなく,感情的な問題に過ぎないわけです。
 感情的な問題に過ぎないからこそ,民族や出自や国籍取得の経緯や何やらあれこれ持ち出して根拠付けしようとするし,それが何となくそれっぽく見えてしまうというわけなのです。
 むしろ,感情的な問題を持ち出して国民(同一の国籍を保持する者の集団)の結束を乱し,その分断を図ろうとする行為こそ,国家に不利益をもたらし,「国家への忠誠」に反するものであると言わざるを得ないのではないでしょうか。




 救いようがないのは,民進党内ですら蓮舫氏の「二重国籍」疑惑に乗っかって代表選の投票延期あるいはやり直しを主張する議員が出てきていることです。民進党の議員が「国家への忠誠」に疑義を持たれないように躍起になっている姿を見ると,民進党の目指しているところが自民党とどう違うのかがますます見えてこなくなり,民進党の再度の政権奪取はあり得ないということをひしひしと感じさせられるわけです。

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