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zoom RSS 「社会的反発」は「法解釈」を曲げる理由になるのか

<<   作成日時 : 2015/09/11 07:53   >>

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 動機不純であれば,どこかにしわ寄せが来るのは当たり前の話で,それを見ないようにしようとするからこそ,「まともな判断」の方が反発を受けるということになるのでしょう。


 自由民主党の「成年年齢に関する特命委員会」は,民法の成年年齢を18歳に引き下げるのに伴って「飲酒・喫煙・賭博(競馬・競輪・競艇)の制限年齢」も18歳未満に引き下げるのが妥当だとしていた当初案を撤回し,賛否両論の併記にとどめたということです。

 妥当だとする当初案が「不見識だ」と考える人も居るようなのですが,そもそも民法の言う「成年」とは何なのでしょうか
 民法には「年齢二十歳をもって、成年とする」(第4条)とあり,それをもって「成年」と「未成年」を分ける訳ですが,民法における「成年」は完全な行為能力を持つことを規定するものではなかったのでしょうか。

 そもそも,成年年齢を引き下げる動機は,少年法適用年齢の上限を引き下げることにあり,18歳〜19歳の層を「成年」として権利を与える代わりに「少年法」の適用対象外にすることにあった訳でしょう。
 そして,少年法の規定は「「少年」とは、二十歳に満たない者をいい、「成人」とは、満二十歳以上の者をいう」なので,この「二十歳」を「十八歳」にすれば十八歳で成人ということになる訳です。

 しかしながら,「未成年=少年」「成年=成人」だと思い込み,「成年年齢を引き下げれば自動的に少年の範囲を狭められる(狭められなければならない)」と考えている人が多く居るようですが,ほとんどの人が民法の「未成年者が婚姻をしたときは、これによって成年に達したものとみなす」(753条)を忘れているようです。
 そもそも現行の法規定では,「未成年である成人」は存在しないが「成年である少年」は存在する可能性があるのです。そして,女性は満16歳で婚姻可能なのですから,「成年年齢」と少年法の適用限界を18歳に引き下げたところで,「成年である少年」の存在可能性がゼロになる訳ではないのです。


 先行して改正された公職選挙法における選挙権(投票をする権利の方)は,権利を広げるという観点から見ても,積極的に賛成しやすく,スムーズに事を運ぶことができるものでもあったでしょう。
 問題は,飲酒・喫煙・賭博にはそれ相応の責任が伴い,飲酒・喫煙に関しては健康問題が関係することもあって,制限年齢を引き下げることが妥当なのかどうかという事になるのですが,そもそも「成年」とは何なのかということがはっきりしていれば,「成年年齢」の引き下げに伴って制限年齢を引き下げるべきだと考えるのが妥当なのです。
 もし,飲酒・喫煙・賭博から18〜19歳を「保護すべき」だと考えるのなら,それはすなわち18〜19歳を「完全な行為能力を有しない者」と考えていることであり,民法の「成年年齢」を引き下げることそのものにも反対するべき考え方なのであります。

 もちろん「未成年者飲酒禁止法」には「満二十年ニ至ラサル者ハ酒類ヲ飲用スルコトヲ得ス」、「未成年者喫煙禁止法」には「満二十年ニ至ラサル者ハ煙草ヲ喫スルコトヲ得ス」と規定されているので,民法の成年年齢の規定が改定されたとしても,それに連動して自動的に改定されることはない訳です。
 ただ,この法律は名前が「未成年者」云々ですから,そもそも規定が「満二十年ニ至ラサル者」となっていること自体奇妙なものなのですが,「未成年者」と「満二十年ニ至ラサル者」がほぼ一致するので問題と考える人が少ないだけの話です。民法の規定が改定されたときに違和感が大きくなるので問題視されるようになっているのですが,そもそも法律の名称と内容が符合していないものなのです。


 BLOGOSで木曽崇は「賭博、飲酒、喫煙等の開始年齢を引き下げる事に対する社会的な反発は大きく、これまでの論議の中では民法改正に合わせてそれぞれの論拠法の定める利用可能年齢を「成年者→満20歳」に変更し、現在の規制を据え置きにすべきという論が優勢だった…ハズ」と書いていて,18〜19歳の「成年」の行為能力を制限する規制を肯定していますが,「「成年者→満20歳」に変更し、現在の規制を据え置きにす」るのが,民法の成年規定を骨抜きにする欺瞞であることには言及していません


 公職選挙法の改正に始まる「成年年齢」を18歳に引き下げる動きのそもそもの動機はどこにあったのか,上で述べたように私は「少年法の適用年齢上限の引き下げ」だと見ていて,そもそもそれ自体が動機不純だと考えています。
 そして,「成年」は完全な行為能力を持っているという前提であるにもかかわらず,何かと理屈を付けて成年の行為能力を制限しようとするのは人権問題なのです。
 ところが,それに何らの疑問も持つ事無く,年齢の据え置きが妥当だと考える手合いは,そもそも「成年」の何たるかを理解していないのでしょう。
 考えてみれば,「成年年齢の引き下げ」に伴って「飲酒・喫煙・賭博の制限年齢を引き下げる」ことが妥当だと考えた自民党の「成年年齢に関する特命委員会」の当初案は,「成年の何たるか」の本質を突いた極めて妥当な案だったということで,それが認められないのであれば,「成年年齢の引き下げ」そのものを認めるべきではないのです。


余談
 私は,現在の議論の根本だと考えているところの「少年法改正」そのものの妥当性から問われるべきだと思います。

余談2
 社会的反発を根拠に法的に妥当な判断を取り下げるのであれば,それはもはや法治国家の所行ではない訳で,その点にも注意が払われるべきであります(法的解釈を社会的判断に合致させたいのであれば法改正を行うべき)。


参考
朝日新聞DIGITAL:酒・たばこ18歳解禁提言は撤回 自民チーム
 http://www.asahi.com/articles/ASH9B35LMH9BUTFK005.html

産経ニュース:成人「18歳」求める提言とりまとめ 酒、たばこの18歳解禁は見送り 自民特命委
 http://www.sankei.com/politics/news/150910/plt1509100014-n1.html

BLOGOS:飲酒、喫煙、賭博が18歳から可能に!?果たしてその背景は… by 木曽崇
 http://blogos.com/article/131562/

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