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zoom RSS 正義を担っていることへの無限の信頼に疑問を覚える

<<   作成日時 : 2014/11/13 22:07   >>

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 coffeeが「男組」の構成員逮捕について書いたWeblogで言及した「大石規雄」のWeblog,山口祐二郎がC.R.A.C.を退会した件について,その影響を問われて以下のように述べています。(http://ameblo.jp/tyoo-o/entry-11951311402.html
 今後、対レイシズム・カウンターの現場で鉢合わせても、レイシストをやっつけるという共通目的が優先されますので、喧嘩もそれほど起きないでしょう。

 ただ心配なのは、ラーメン屋「どうげんぼうず」などでの鉢合わせです。
 ここには共通の敵がいないので、順番や、ネギの量など、些細な問題でも抗争が起きてしまうことが考えられます。
 そんなときには、どうげんぼうずの店主が機転を利かし、「もうスープはないから、帰った帰った!」と双方を解散させるしかありません。

 これは非常に質の悪い物言いです。この人たち,共通の敵が居れば相互でケンカをすることはないが,それ以外の場では「些細な問題でも抗争が起きてしまう」程度に自制心がないと言っているわけです。
 しかも,その「どうげんぼうず」は店主が「反レイシズム」を掲げているとか。何の事は無い,同じ思想を持つ者,しかも順番も守れずネギを分け合うこともできない常識のない人たちが集まって内輪もめを始めるための場所だということでしょう。

 さらに,単なる内輪もめを「抗争」と称していることから,問題の解決に際して暴力を簡単に用いる傾向もうかがえます。
 なぜ暴力を用いる敷居がここまでも低いのか疑問に思わざるを得ませんが,coffeeの引用した「容疑はレイシストへの暴行ですから、それ自体は悪いことではありません。」という文言から考えると,自分たちが正義を担っていることに対する無限の信頼があるようです。

 しかし,そもそも「反ヘイトスピーチ」「反レイシズム」に無限の正義があるわけではなく,レイシストを法規制している国家の存在を主張しても,レイシストに私刑を加えることを正当化することはできません。
 私のように,いわゆる「しばき隊」の活動に疑問を覚えるような手合いは,「どっちもどっち論」として批判されるのですが,相手がレイシストであっても,暴力を現に振るっていても,それに私刑で応えることが正義だとして正当化されることについては,やはり疑問を持ち続ける必要があると感じます。
 なお,「どちらに理があるか」という問いは「どちらかに理がある」ことになるのですが,そもそも「どちらにも理がない」可能性もあるのです。「反ヘイトスピーチ」だから必ず「理がある」というのも奇妙な物言いです。


参考(今回はトラックバックしない)
正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現:男組8人逮捕!デモ参加者に暴行!自分達の動画が証拠に!添田充啓や木本拓史など・有田芳生の責任
 http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-5513.html

大石規雄BLOG 低く 飛ぶ:山口祐二郎氏のC.R.A.C.退会で、今後の反ヘイト運動はどうなってしまうのか
 http://ameblo.jp/tyoo-o/entry-11951311402.html

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