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zoom RSS 自分が人を批判するのは自由で,人が自分を批判するのはその自由の侵害ってこと?

<<   作成日時 : 2014/02/23 12:03   >>

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 さすがは言論の自由とか表現の自由とかなんてかけらほども理解していない人の言であります。

 赤旗が「ヒトラー生誕パーティー呼びかけ 田母神氏の支援者」と題して,4月にせと弘幸(など)が「ヒトラー生誕125年祭」(せとのWeblogの本文によると「歴史上の人物の誕生を静かにワインを飲みながら語り合う」そうですよ。これでは「今後歴史的な人物になるであろう人が生まれてくる瞬間」を語り合うことになるのですが)を開催しようとしていることについて報道しています。
 ウェブに上がっている文章を見る限りでは,「とんでもない」とか「批判されるべきだ」とかいう語句は出てきていません。もちろん「赤旗が取り上げている」のですから,批判的意図があるのは明白なのですが,それはいわゆる「裏の意味」であって,表面上は「批判している」とまでは言い切れないのです。つまり,表面上は「このような情報があるから提供する,それを批判的に取るか肯定的に取るかは読者に任せる」という,「読者に下駄を預ける」形の記事の書き方になっています。

 これに対して,せとは自身のWeblogで「「瀬戸弘幸」が赤旗の紙面に登場」と題する記事を書いて反応しました。
 いかなる思想信条も認められた社会が今の自由民主主義の社会です。法律に触れることがなければ、地下鉄にサリンを撒いたオウム真理教だって活動しています。ましてや、歴史上の人物の誕生際を静かにワインを飲みながら語り合うことに何の問題があるのか?

 田母神さんと結びつけていますが、私がブログで田母神さんを郷里が同じ福島県が生んだ立派な愛国者として応援したことも、何が問題なのでしょう。別に私は街頭で演説したわけでもなく、ブログの中で記事を書いただけです。

 それがこのように批判の対象として取り上げるのですから、やはり共産主義者は言論の自由を認めないようです。北朝鮮、共産中国共に共産党を批判する自由がありません。北朝鮮で共産党を批判したら、即座に銃殺されるでしょう。

 さすがにこれは妄想でしかありません。「批判の対象として取り上げる」ことが「言論の自由を認めない」ことと等しいのならば,せと自身が,これまでどれだけ他人に対して言論の自由を認めてこなかったことかを追及せずにはいられません。
 実際,これは人の批判を詭弁で封じ込めようとしている例であって,これこそ,せとが言論の自由や表現の自由を根本から理解していないことの何よりの証拠なのです。

 それに加えて,せとは「ヒトラーを賛美して何が悪いのか分かりません」と言ってのけます。なるほど日本では「ヒトラーを賛美」する言動も表現の自由の観点から禁止されてはいませんね。しかし,それを批判するのも自由です。
 「何が悪いのか分かりません」というのは,自分が自由気ままに発言することだけを認めさせて,他人からの批判はその存在自体を認めないという姿勢であります。

自由を高らかに叫ぶ者は,責任について語りたがらない

 あと,せとの言葉を利用してせとに突っ込みを入れておきましょう。
 「ヒトラーを賛美して何が悪いのか分かりません」ということを批判(賛美の反対語)して何が悪いのか分かりません。もう少し簡単に言いましょう。
せとを批判して何が悪いのか分かりません


 せとはどうやら「共産主義」とか「共産党」とかいう語句に過剰反応するらしく,いろいろと言っていますが,残念ながらほとんどがブーメランとなって自分に返ってくることには気がついていないようです。
 「言論の自由を認めないのが共産主義者」というのは,正確な言い方ではありません。そういう共産主義者もいますが,自由主義者でも愛国者でも,(特に他人の)言論の自由や表現の自由を認めない人がいます。(まあ,自分で自分の言論の自由を認めない人は少ないのですが,)せとも間違いなくその一員に名を連ねているのですよ。

共産党が崇拝してやまないヨシフ・スターリンこそ、自国民を大量に虐殺している。独裁者スターリンを崇拝するような共産主義者に批判されるいわれなどあろう筈もない。

 せとはこうやって言論を封殺しようとしているのですよね。「いわれなどあろう筈もない」と自分が批判をするのは自由だが,自分への批判は自由じゃないとでも?

 どこまでも言論の自由とか表現の自由とかを理解しないままに,好き勝手に振りかざす人であります。「共産主義者」であろうが「日教組」であろうが,こんな人に「批判されるいわれなどあろう筈もない」訳ですよ。


 今回のことに関して言うと,例えば岩上安身(など)のように,せとの言論の内容やその人間関係からせとを批判することもできます。(以下引用)
 田母神氏の支援者で、政治団体「維新政党・新風」の元副代表・瀬戸弘幸氏が、今年4月、「アドルフ・ヒトラー生誕125周年記念パーティ」の開催を計画しているというのである。

 瀬戸氏は、都知事選の際、田母神氏の宣伝カーの上にのぼり、横に並んで田母神氏を応援する演説を行う人物である。一方的に田母神氏を応援している「勝手連」の一人ではない。田母神氏も瀬戸氏の応援を受け入れているのである。その瀬戸氏が、自身のブログで自らの思想をこう述べる。

 「ヒトラーを賛美して何が悪いのか分かりません。ユダヤ人600万人の大虐殺ですか、そんなことを今でも信じている人がいるのでしょうか? あれは嘘です。南京大虐殺、慰安婦強制連行と同じ歴史の捏造です」。

 田母神氏を支持する瀬戸氏のブログにおいて、日本における歴史修正主義とネオナチの歴史修正主義が、同じレベルで並列されている。

 麻生副総理の「ナチス」発言から、今回の「アンネの日記」事件、瀬戸氏の「ヒトラー生誕パーティー」に至るまで、現在の日本では、地続きの現象であると見なされてもいたしかたないであろう。
(引用ここまで)
 しかし,せとはこの種の批判を「言論の自由」をふりかざして切り捨てることによって,相手にしないで済ませています。
 こういう場合,せとがどれだけ自分に(対してだけ)は甘いのかということを示していくことで,せとの無価値性を示すことも,有効な批判手段の1つでありましょう。


参考
ヒトラー生誕パーティー呼びかけ/田母神氏の支援者
 http://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2014-02-14/2014021401_04_1.html

せと弘幸BLOG『日本よ何処へ』:「瀬戸弘幸」が赤旗の紙面に登場
 http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/53027145.html

【IWJブログ】「アンネの日記」事件と蔓延する歴史修正主義 国際世論から警戒される安倍政権 | IWJ Independent Web Journal
 http://iwj.co.jp/wj/open/archives/126433

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