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zoom RSS 「意味のない行動」をした山本太郎への懲罰を求める矛盾

<<   作成日時 : 2013/11/04 08:47   >>

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 結論から言ってしまえば,今回問題とされている山本太郎の行動は無意味であったし,山本太郎への懲罰も無意味だ,ということである。

 もし「山本太郎が天皇に手紙を渡したこと」に意味を持たせるようなことがあれば,それこそが天皇を政治的に利用することであり,「天皇の政治利用」を批判する人たちはそれを批判する必要がある。
 もし,山本太郎への懲罰が可決され,山本が議員として活動できなくなるようなことがあれば,山本太郎は「殉職者」として祭り上げられるであろうし,山本を支持する手合いを有利にするだけであるし,(そのあおりで)山本と同様に「脱原発」を主張する他の手合いを不利にするだけである。


 その時のものと思われる映像を見る機会があったが,天皇は手紙を受け取った後山本の話を少し聞き,受け取った手紙を侍従に渡した。そして,侍従はそれを特に何ということもなく懐にしまった。
 しかしそれは,内田樹が言うような「天皇陛下の政治的実力」への安心感を喚起させるものではない。言ってしまえば,ごく当たり前のことである。これを見て「天皇陛下は素晴らしい」などと思うべきではなく,当たり前のことが当たり前に為された,ただそれだけのことと思うべきである。


 山本太郎を批判している人たちは,天皇が簡単に政治的に利用されると考えているようで,そこには天皇(個人)に対する信頼が全く感じられない。
 つまり,この人たちにとって「お飾りである天皇」は,自分たちの政治的意図とは反対方向に簡単に動いてしまう存在らしい。だから動いてもらっては困る,動くようなきっかけを与えるようなことをしてもらっては困るのである。実は扱いが「腫れ物を触るよう」であることが見えてくる。

 そこまで信頼されない理由は,ひょっとしたら,故米長邦雄が東京都教育委員だったときのできごとかも知れない。見事に「はしごを外された」格好になったと評されたが,はしごを外されるにしても論を補強されるにしても,そのようなことがあってはならないはずで,いずれにしても奇妙なできごとではあった。
 それにしても,東京都教育委員という立場にあったということを考慮に入れたとき,米長邦雄のあの行為は「天皇の政治利用」には当たらないものだったのか。


 日本では,憲法などでもったい付けて「象徴」と言われているが実際のところ「お飾り」である天皇は,政治的には権力を持っていない。つまり権力的に「裸」である。
 山本太郎の今回の行為は,「政治家が天皇に直に手紙を渡す」こと以上に「この行動には意味がない」ことを示す行為となったのである。
 もし言葉だけであれば,映像に言葉の内容がはっきりと残るものではないから,いろいろと解釈のしようがある。しかし「手紙を渡す」という行為によって,また,山本の普段の言動からの推測を含めると,それが「現状を打破するために天皇を利用したい」ように見えてしまうのだろう。
 しかし「天皇を利用したい」ように見えれば見えるほど,実は天皇が権力的に「裸」であることが如実に表れてくる。行動に「意味がない」ことがはっきりと見えてくる訳で,それこそが山本を批判する人たちにとって最も忌々しいことなのではないだろうか。

 山本を批判している人たちは,実は「天皇に直に手紙を渡して意見を聞いてもら」いたい人たちで,それをやりたくてたまらない人たちなのだ。しかし,それをすると「天皇の政治利用」と批判されるかも知れないし,万一天皇にその考えを(婉曲的にでも)否定される(支持されない)ようなことがあれば,当人のアイデンティティに大きく影響することになるかも知れない。つまり,それを実行することは「彼らにとって」タブーなのだ。

 ところが山本は,天皇が耳を貸さなくてもアイデンティティが崩壊するほど気にするような人物ではないし,考え方を変えるような人物でもないのだろう。いとも簡単に天皇に手紙を渡してしまったのだ。


 しかしながら,ただそれだけであったならば,山本の行動はある種の一貫性があったと言うことができた。しかし,山本はそういう人物ですらなかった。天皇に手紙を渡すことに意味を見出し,できれば天皇を利用することを考えていたようだ。
 それが「お沙汰」などの言葉に表れているとすれば,山本は「王様は裸だ」と言いながら,王様に対しては「王様のお召し物は立派でございます」と言っていることになる。論理が欠片も伴っていないのである。

 「ベクレてる<ベクレる」などという造語を何のデリカシーもなく使ってみせる*山本のことだから,今回の騒動に関しても,もともとは何のデリカシーもなかったのだろう。(放射能汚染を確認してから使うならまだしも,推測で語るときにこのような造語を使うのは,デリカシーが欠片もないし,普段この手合いが放射能汚染というものをどう見ているかを如実に表すできごとであると言えよう)


 「天皇陛下に直に手紙を渡す」という今回の山本太郎の行動が,なぜ「品位に欠ける」のかについて,誰もが「言うまでもない」「考えれば分かる」としか言わない。これは非常に奇妙なことで,私には単純に「説明する語彙を持たない」つまり「実は理由を明確には説明できない」としか感じられない。
 そこに感じることができるのは,同一性のみである。しかも与党の国会議員,大阪市長といった権力者が,メディアを使って全国に同一性を要求するという醜悪な事態である。


 しかしこのままでは,山本太郎は原発問題に関する「殉職者」の一人になってしまう。これは,原発推進派・脱原発派・反原発派のどれにとっても不利益でしかない。
 山本はすでに「原発ゼロ」のためには手段を選ばなくなってきている。これは,「目的が正しければ手段は正当化される」という「愛国無罪」や「ハシズム」に繋がるものであり,「先進国の民」として容認してはならないものだ。
 このような,すでに十分「品位に欠ける」山本太郎への懲罰動議はすぐに止めるべきだし,山本を田中正造になぞらえるのも止めるべきだし,その言動を賞賛するのも止めるべきだ。もちろんそれは,どの言動も山本と同様に「品位に欠ける」からである。



記事を書くに当たって参照にしたWeblog(記事の内容に言及しないのでトラックバックしない
内田樹とは「リベラル」を「戦前回帰」へと導く「ハーメルンの笛吹き」なのではないか - kojitakenの日記
山本太郎の軽挙妄動を持ち上げる大馬鹿者・田中龍作に怒り心頭に発する - kojitakenの日記

※ その他インターネット上で見ることのできるニュース記事も参考にした。

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内 容 ニックネーム/日時
原発労働者の劣悪環境は政治的に解決されなくてはならない。
天皇は政治的手段にはなりえない。神頼みか。
封建時代の直訴スタイルと古風な上下判断にとらわれたメンタリティに基づく山田太郎議員の努力の方向は間違っている。
天皇に迷惑をかけるな。政治家は頭を使え。同僚に対する説得力を生かせ。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/


noga
2013/11/04 09:16

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