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zoom RSS 今度は「逆戻り」

<<   作成日時 : 2010/01/05 13:18   >>

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 別にこの人を追いかけている訳でもないんですが,ネタに事欠かないので,また取り上げることになってしまいました。
 阿久根市長の竹原という人は,つい先日は日本語専科のような発言(日本語専科の人に失礼だ)をしていたはずなのですが,年が変わるとあっという間に「狭い了見と漢字思考によって構造化した社会」の住民に逆戻りするらしいです。
 とは言え,所詮竹原ですから,どれを取っても不十分な知識をひけらかすレベルでしかないのですがね。


 新年早々,竹原は笑わせてくれます。「虎の年 修羅の如く」と題した記事で,「今年は激動の年になります」として,今年の所信表明「のようなもの」*を書いておられるのですが,この人の文章,意味が分からんのですよ。
 まずこの人,「革命」の意味分かってない。革命は下から上に向かっての「超越法的な」改革あるいは「天命が革まること」であって,上から下に向かってできるのなら,それ普通の「改革」ですから!
 竹原は市長,法的には一応阿久根市で一番地位の高い人。まあ,竹原は「一番地位が高い」と「独裁」とを同義で捉えている節もありますし(「一番地位が高い」としても,何でも言うことを聞かせることができる訳ではない),現状として「組合」の方が市長より地位が高いと言いたいのかも知れませんが,それでも竹原は「改革」を目指せば十分です。

 そして,やっぱりこのひとは何か勘違いをしている。「職員や市民の皆さん」だけに楽をさせ」ろとは言いませんが,その人たちに「多くの苦労」と「血も涙も」を伴わせておきながら,自分だけが「全てを乗り越え」てどうするんですか。
 竹原,自分が市長であって市長でしかないことを自覚しろ。「阿久根市政に革命を」起こすような同好会を作るなら*,自分が市長辞めてからにしろ。市長が足元に向かって革命してどうする。さらに「転落と崩壊に向かい続け」るだけじゃないんですか。

 市長が自分の治める市で「革命」を起こすとすれば,超越法的な措置しかありませんよねえ。…やっぱり独裁政権の確立か,それとも阿久根市だけで独立でもするつもりか。いずれにしても,先にあるのは「転落と崩壊」ではないのですか。


 まあ竹原は「分からない人には答えない」方針らしいので(ってか,分かる人は質問しないのだから答える必要ないと思うのだが),今後自分の思想を説明するつもりはなさそうですね。…つまりそれは「説明しない」のか「説明できない」のか,果たしてどっちなんでしょうかね。
 こういう人は相互理解の可能性を断ってしまっていて,その時点で「支え合い」や「慈しみ合い」とは無縁ですから,いくら「これからの作業に全てを賭け」ようとも「次の世代、そしてその次の世代を支えあい、慈しみあうものにする」ことはできないんですけどね。

 やっぱりこの人が作ろうとしているのは,狭い了見と「ひらがな」思考によって構造化した社会でしかないのですよ。「矯正」なんて単語を簡単に使っていますし,自分に逆らう人間を懲戒免職にして司法がそれにノーを突き付けると,(あるかどうかも分からない)「司法の独立」さえも無視して「俺様一番」みたいなことしか言い(言え)ませんし。
 …あ,こんなに「漢字」ばっかり使ってしまうと,竹原には理解できないか。

 そして,「どの道、人は生の悲しみと苦しみ、そして死からも逃れる事はできません」って,だから市長が言うな。竹原,それ言いたいのだったら,市長辞めて新興宗教の教祖様にでもなって,そこで「革命」を呼びかけとけ。それなりに信者が集まって,収入には困らないでしょうよ。


 しかしまあ,竹原は語れば語るほど落ちていくので,記事を書くのに時間がかかると,それだけネタが増えてしまいます。

 1月4日の記事では「自分で考える事を放棄し、「罪」と認めてしまう気弱で無能そして欲深い政治屋が正義を否定する社会にしている」と言っています。しかし,竹原は「自分で考え」てはいるつもりなのかも知れませんが,ただそれだけ。しかもしっかりと自己無謬論に陥っていて,「ひょっとしたら自分は間違っているのかも知れない」とは自分で考える」ことができない。例えば「自分で考える事を放棄し、「罪」と認めてしまう気弱で無能そして欲深い政治屋」が居るとして,それは確かに「學びて思わざれば則ち罔し」の類でしょうが,竹原はその逆,「思ひて學ばざれば則ち殆し」の類でしかないですよ。その証拠にここでも簡単に「正義」なんて言ってる。だから,竹原(だけ)が「正義」を代表できる根拠は何だ?
 竹原は「自分で考える事を放棄し、「罪」と認めてしまう気弱で無能そして欲深い政治屋」を批判しますが,竹原自身は「一見自分で考えているようだが,実は知識不足でそう見えているだけの話で,「罪」を認めることができない「気弱で無能そして欲深い」自分を強弁と抑圧で包み隠している「政治屋」にも遠く及ばないヘタレ」でしかないんですけどねえ。

 しかも,それだけでは飽きたらず,「簡単に言えば「勇気の欠如」が日本社会における息苦しさの正体」とまで言っています。何と,さも分かったような物言いですな。部下の職員を「法律をまっすぐに」読んでも公平性に欠けるような懲戒免職に処しておいて,さらに裁判所がその執行停止を命じても,「そんなの関係ねえ」とばかりに無視してみせ,さらには給与を支払わないという,「働き以上の儲け」どころか「働きの対価」*すら払わずに平然とした顔をしている。ここに至ってはどう「法律をまっすぐに」読んでも,竹原に「正義」があるとは言えないでしょうが。
 自分の行為は「勇気」であって,他人の行為はどうやっても「勇気の欠如」としか捉えられない,そんな自分が「息苦しさの正体」であることを,竹原はどこまで分かっているんでしょうかねえ。
 実際の所,竹原には悉く欠如してるんですよ。「自分と異なる意見を聞き置く」勇気も,「ひょっとしたら自分は間違っているかも知れないと考える」勇気も,そして政治家として最も大事な「自分が間違った時,素直にその非を認める」勇気も。


 何ともはや,「忘腐知事」(←同音異義字を探した)や「暴徒知事」(←適当に変換した)と親和性が高そうな産経からすら,こんな記事が出てこようとはという状態になってきました。
 記事の題名が「【疑惑の濁流】ブログ市長が窮地に “権力乱用”で阿久根市「非常事態」」ですと,凄い言われ様。記事の質は相変わらずですが,ついに産経にも見捨てられたか竹原。この人は「忘腐知事」や「暴徒知事」よりも質が低いとみなされてるんですかなあ。


蛇足:
 簡体字(ひいては中共)を揶揄する際,よく「中国の“愛”には“心”がない」なんて言いますが,そんな「愛」でも「友」は居る。竹原の「あい」にはどちらも無いよ*。


* 某歌曲のタイトルの一部,分からなければ読み飛ばして貰って何の問題もない。
* 作らないのは論外,独裁と同じ。まさか独裁する為に革命するつもりか。
* 「仕事を与えなかった」から「仕事をしなかった」。だから「給与を払わなくて良い」などという論法は成立しない。そもそも今回は「自宅待機」にすらしていないのだから。
* 勿論平仮名で書く「あい」に色々と含蓄を込めることはできる。ここでは,竹原の場合には「心」もないし「友」も居ないという意味。



参考
住民至上主義:虎の年 修羅の如く
 http://www5.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=521727&log=20100101
住民至上主義:息苦しさの正体
 http://www5.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=521727&log=20100104


MSN産経ニュース:【疑惑の濁流】ブログ市長が窮地に “権力乱用”で阿久根市「非常事態」
 http://sankei.jp.msn.com/politics/local/091231/lcl0912310702000-n1.htm


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
>竹原(だけ)が「正義」を代表できる根拠は何だ?

結局のところ、これに尽きますね〜。
ドンピシャな一文ですね。
湯気
2010/01/06 22:15
>湯気 様
 コメントありがとうございます。
 せめて「ひょっとしたら自分は間違っているかも知れないと考える」勇気くらいは持ってもらいたいものです。
Eric Prost
2010/01/07 09:10

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