Eric Prog

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zoom RSS 交錯する問題意識

<<   作成日時 : 2009/09/24 19:53   >>

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 この話については,書かれていることが全てその通りだとすると,河村たかしの言っていることが必ずしも「悪」の一句で片付けられるものでもないというのが困りもので。

 名古屋市長の河村たかしが,9月15日の名古屋市定例議会で一般質問に答えた際に南京大虐殺の件に触れ(そもそもなぜ一般質問で南京大虐殺の件に触れることになるのかというのは疑問なのですが),「一般的な戦闘行為はあった。そういうものが誤解されて伝わっているのではないか。事件そのものについて日中友好のためにきちんと検証し直す必要がある」と発言したということです。
 毎日jpを読む限りということで話を進めるならば,河村の発言は必ずしも南京事件の全否定ということではなく,現在(特に中共によって)提示されている「結論」が果たしてどこまで盲信できるものかという疑問という捉え方も出来るものです。そう考えると,この発言自体は全否定されるべき「妄言」であると即断できないのではないかと考えます。

 そもそも南京大虐殺で殺された人の数は,中国では30万人ということで決着を見ていますが,この事件自体,学問的には非常に大きな問題を抱えています。
 1つは記憶と記録の問題に属するもので,記憶が強烈である間は,記録の問題を持ち出しにくく,必ずしも全容の解明が可能でないということがあります。またそれは,さらに1つの問題,記憶と概念の問題へも繋がります。ある記憶がある概念と直接結びつくとは限らないということです。例えば,記憶の中の虐殺が概念としての虐殺と単純に同価であれば何の問題もないのですが,実際はそう簡単なことではなく,記憶に重きを置くか概念に重きを置くかで,最初の段階から思索の結果に乖離が生じるということです。
 もう1つは,そもそも学問に終わりがあるのかということで,終わりがあるとすればそれは既にその時点で何らかのpower(圧力)がかかっているということを意味しているのであり,それゆえ歴史学者は軽々しく「終わっている」と言ってはならないのです。しかし,南京大虐殺の問題についてはよく「終わった問題」と言われます。ここに政治的なpowerがかかっていることは想像に難くなく,この問題が純粹に学問的問題であると切って捨てることには疑問が残ります。そもそもこの事件については,未だに不明瞭な点が多く,今後解明されるべき点が多いということも忘れてはならないでしょう。


 さて,名古屋市は南京市と友好都市提携を結んでいるようですが,この発言によってその関係にヒビが入ることを恐れる向きもあるようです。しかし,毎日jpの記事の書き方を見ると,どうやら関係にヒビが入って欲しいという願望があるようで,明らかに中共側に何らかのアクションを起こさせようとしている向きが見て取れます。
 本来はこの程度の発言があったとしても笑い飛ばせる程(単に疑問を呈しているだけという捉え方で行くならば)の信頼関係を構築するべきなのに,望んでいるのはそういうものではなく,とにかく何かあったら相手に強硬姿勢を取らせようとしたがるというものの書き方には,何らかの悪意すら感じられてしまいます(日中友好を望んでいないのは一体誰?)。


 毎日jpの19日付の記事には幾つかの意見が載せられていますが,非常に疑問を持たざるを得ないものだらけで,何ともはやという感じです。
 「日中友好協会愛知県連合会(石川賢作会長)は16日付で「河村市長の認識を問う」とする文書を発表した。」とありますが,日中友好協会愛知県連合会のサイトを見てもそのような文書は公表されていません。
 文書の存在を確認することが出来ないという難点があるので最終的な結論とするのには問題があるかも知れませんが,その「文書」の中で「市長の認識は出発点で間違っている。国際法と人道に反した大きな事実にこそ注目すべきだ」という主張をしているようです。
 しかし,この文書の主張は非常におかしなものとなっています。河村が言っているのは数に関して「きちっともう一回検証し直す必要がある」ということであり,それに疑問を呈すること自体が「出発点で間違っている」というのは,日中友好協会愛知県連が言うところの「大きな事実」への注目すら危ういものとなってしまう危険性があるのです。その点で日中友好協会愛知県連が言うところこそが「妄言」なのです。


 さらに,「歴史研究家」として秦郁彦と笠原十九司が意見を述べていますが,この2人,歴史家としては確かに名がありますが,ここで述べていることには非常に難があると言わざるを得ません。
 秦の「歴史家に委ねるべき問題だ」というのは,一見その通りだとも思えるものですが,そもそも歴史家とは何を指すのでしょうか。「市長が調査して何かが分かるという話ではない」も言っていますが,不明瞭な点が多い事象については,意外と素人が調べた方が面白い結論が出ることもあるものですから(虐殺否定派にも学者が付いていることを考えれば,第3項が発生する方が面白い),無下に切り捨てるのは学者の傲慢でしかないでしょう。
 さらに「是正を求めるなら学術的観点から行うべきだ。政府や市長が言えば、内政干渉になる」という発言は,そもそも内政干渉の意味が分かっていないとしか言い様がありません(言うだけで内政干渉になるのなら,ある外国に言及する全ての政治的発言は内政干渉であり,外交など出来ないことになる)。それに「学術的観点から行」えば内政干渉にならないというのも意味不明なことです(そもそも学術と政治が完全に分化できると考えること自体が間違い。学者の政治的地位を考えれば,学術的観点からの発言も十分内政干渉になり得る)。

 笠原の発言については,もはや検証の必要もないことでしょう。南京大虐殺について少しでも疑問を呈する者に対する条件反射とも言うべきもので,学者の傲慢と固定観念との合作とも言うべきものでしょう。
 もし疑問を呈することで「名誉毀損」になるのなら,現代社会の研究などもはや何も出来なくなります。疑問を呈することと完全否定することとは別物であり,そもそも河村が疑問の対象とした「30万人」は,笠原も完全肯定していることではないのではなかったでしょうか。まあそもそも具体的な行為でなければ,名誉毀損とは言えないのですがね(例え「南京大虐殺の否定」であっても)。
 笠原の二枚舌,もう見飽きました。


 ただ河村はcoffeeのような手合いに「名古屋市長の河村たかしは、南京大虐殺はなかったと考えており」と捉えられるような存在な訳で,そのことから考えると,虐殺肯定派から過剰反応されるのは無理もないことかも知れません。
 まあ河村も,この問題に対する動機は自分の父親が持っていた記憶と記録との齟齬にあるようですから,この問題が記憶と記録の問題として非常に大きなものであるということの1つの現れとはなったようですね。


 ただ,虐殺ということについて言うならば,南京大虐殺もそうなのですが,こういった問題を記憶から語る際には,「虐殺の定義」を持ち出すこと自体に非常に無理があることに気づかなければなりません。
 現場で武器を突き付けられたり周りで人が殺されるのを見たりした人にとって,この殺戮が国際法的に合法か違法かということはどうでも良いことであり,その時に残った記憶が大きな要素を占めます。また実際に武器を突き付けた側にしても,その時に記憶したことが大きな要素を占めるのであります。
 結局殺戮が合法か違法かというのは(虐殺というのは),それを後になってから見聞きする人によって判断されるもので,実際に体験した人の記憶との間には非常に大きなひずみがあるということになります。

 逆に言えば,虐殺の定義からこの問題に入ろうとする人は,その時点でこの問題を理解する土台を失っていることになります。特に「被害者側が虐殺だと言ったから虐殺なのだ」と考えている人に至っては,もはや「学問的」議論は出来ないと言っても過言ではありません。
 これは証言を重視する歴史学者が陥りがちな罠と言えるもので,戦争においては概念と実体験との間に大きな隔たりがあるため,実体験を概念に還元することが容易ではないのです。特にpowerを持たない側が与えられる恐怖は,実際に概念に還元した際には非常に小さく捉えられる傾向があり,その時に生じるひずみを勘案しなければ,容易にその差を埋めることは出来ません。
 こうなると,彼我の間で認識が非常に大きく異なるため,「ある事件が存在する(した)」ということ自体が記録の世界の産物でしかなく,記憶の世界の産物ではないために,そもそもひずんでいるのだということは理解されて然るべきでしょう。
 記憶は嘘を吐くと言われますが,記録もまた嘘を吐くのであり,「どちらが正しい」というのは容易に言えることではないのです。
 南京大虐殺の存在についても,中共の説を否定する者全てが「虐殺の存在」を否定するわけではなく,その立場には非常に大きな開きがあります。それは,まだこの問題が学問的に決着していないことに起因するものであり,「決着した」という主張は「政治的に」でしかないということになるのです。


 さて,虐殺の数について問題が出てくると,必ずと言って良い程「数の問題ではない」という人が居ますが,事実を検証する際にはやはり数も問題になるのであって,数というのは事実を把握するための傍証の1つとなるものですから,数も検証される必要があることは言うまでもありません。
 また,数の検証の必要性を述べることが,即現在提示されている事実の否定へと短絡するということになってもならないのですが,その辺りの問題が混乱している人たちが,よく「数の問題ではない」というのです。さて今回はどのようなものでしょうか。
 また,数の問題を最初に持ち出したのは,実は今「数の問題ではない」と言っている側だという指摘もあるのですが,その辺りは如何なのでしょうか。


 ちなみに私自身の考え(これまで見聞きした僅かな資料からの推定)を幾つか挙げると
 ・南京占領時における非戦闘員の殺害:あった
 ・虐殺行為の存在:どのあたりまでを「虐殺」と定義するかによるが,当時の国際法に照らしても非合法的な殺害行為もあったものと推定する
 ・組織的な殺害行為:日本軍が最高機関の決定として計画的な殺害を行ったことはないと考える。但し,現場が組織的に掃討行為を行った可能性の指摘は傾聴に値すると考える
 ・総数30万人:懐疑的。そもそも検数は困難
 ・南京大虐殺についての学問的な決着:未だしておらず,更なる検証を要する。
 ・そもそも南京大虐殺は非常に大きな問題であり,それを日本軍の残虐性の表れとしてのみ利用する中共のプロパガンダ,また南京大虐殺の認否を踏み絵とするような姿勢も当然疑問視されるべきである


 それにしても,河村の発言を引き出すことになった自民党の東郷哲也は,何を目的として質問をしたのでしょうか。そもそも河村を批判するならば,この東郷の質問の意図についても検証する必要があるでしょうに,今のところ誰もがその点をスルーしているようで,東郷にとっては非常にお得な展開になったと言うことができましょう。


参考
毎日jp:河村名古屋市長:南京大虐殺「誤解されて伝わっている」
 http://mainichi.jp/select/wadai/news/20090915k0000e040071000c.html
毎日jp:河村・名古屋市長:南京大虐殺「誤解ある」 議会で発言
 http://mainichi.jp/select/seiji/archive/news/2009/09/15/20090915dde041010041000c.html
毎日jp:名古屋市長:南京大虐殺発言で友好提携に懸念も
 http://mainichi.jp/select/wadai/news/20090916k0000m040179000c.html
毎日jp:河村・名古屋市長:南京大虐殺発言 市に意見相次ぐ 歴史家からは批判も /愛知
 http://mainichi.jp/area/aichi/archive/news/2009/09/19/20090919ddlk23010253000c.html
正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現:河村たかし南京大虐殺発言で名古屋市に意見相次ぐ・歴史家からは批判も・河村市長の発言が正論!秦郁彦や笠原十九司の発言は嘘出鱈目だらけ・頑張れ!名古屋市長!くたばれ!秦郁彦!や笠原十九司!
 http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/41873544.html

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
定義の問題ではありません。
南京における日本軍による虐殺はありませんでした。
したがって犠牲者はゼロ(0人)です。

deliciousicecoffee
2009/09/25 07:54
>coffee氏
定義なしでどうやって「南京における日本軍による虐殺はありませんでした」という判断が下せるのでしょうかね。
Eric Prost
2009/09/25 09:39

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