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zoom RSS 辞めるだの辞めないだの…

<<   作成日時 : 2008/05/11 18:29   >>

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 「光市母子殺害事件」の被告に死刑判決が出てから3週間が過ぎました。判決前後の数日,TVなどで大きく取り上げられた時期は終わり,今は雑誌にその議論の場を移しつつあります(それもそろそろ終わりでしょうか)。

 さて,先日ある方から「綿井健陽というのが,広島高裁で死刑判決が出たらジャーナリストを辞めるとか何とか言ってたんだけど,判決が出てみたら自分が言っていた判決と違うってので辞めないとか何とか」という話を聞き,その時は何となく聞いていただけだったのですが,その後『創』の2008年6月号を(映画「靖国」の問題に関しての記事があるので)買ったところ,件の綿井健陽が広島高裁の判決を受けた記事を書いていたので,読んでみました。

 結論から先に言えば,はっきり言ってこのようなジャーナリストなど,辞めようがどうしようがどうでも良いと思います。私はこの記事を読んだだけですが,この綿井とかいうジャーナリストの言うことを信用しようと思わなくなりました。所詮は屑ジャーナリストの1人でしかないのですから,辞めても辞めなくても,私は困らないですし,世の中の言論に悪影響を及ぼすとも思えないですから。

 綿井の記事の中で,被告の友人のAさんが出てきて,事件当時Aさんも警察の取り調べを受け,かつそれに対して激しい怒りを感じているというものがありますが,実はこの部分は余計なものです。
 Aさんは犯人ではなく,被告は少なくとも弁護団ですら犯人と認めた訳であり,この2人には雲泥の差があるのです。
 もし被告が犯行を否認し,犯行事実があったかどうかが争われているのなら,このAさんの話は「警察の捜査姿勢の杜撰さ」を示すものとして,非常に大きな意味を持ってくるでしょう。しかし,被告は「被害者を殺害したこと」については争っておらず,Aさんとは事情が違います。
 綿井はあたかもこの2つを同列に並べることができるかのような書き方をしていますが,話を微妙にすり替えて,被告に対する死刑判決への批判材料に使っています。


 さて,綿井は「私なりの解釈」と強調していますが,判決前(4/19)の本村氏の会見内容を受け,その内容を「君のような罪を犯した人間は、死刑で死ぬことが社会のためになる。君自身の人生としてもそれが良い」と解釈しています。そして,本村氏が「より踏み込んだかたちの「死刑執行」の部分までを元少年に対して望んでいるように思える」と結論づけます。

 さて,これは本村氏の発言を誤読した場合の逃げにしかなっていない点であまりにも偽善的です。「私なりの解釈」という言葉が,ことさらそれを示しているように思えます。
 そもそも本村氏のことを「被害者遺族」と呼び続け,その名を示さないことは,プライバシーの保護ではなく本村氏に対する敵意もしくは無理解以外の何者でもありませんし(本村氏の主張の背景を考えれば,この事件について本村氏を実名で示すことには何の問題もない),そう言っておきながら,本村氏が「被害者遺族」であることを綿井が考慮していたり,本村氏が求めているものの実態を理解しようとしたりはしていないように見えます。綿井は本村氏のこれまでの発言も含めて,本村氏の思いを真摯に受け止めようとはしていなかったとしか考えられないのです。

 綿井の記事が書かれた後の時間になるので綿井は知る由もなかったでしょうが,本村氏は被告に向かって「君への死刑が執行されるなら、結局、事件で三人の尊い命が失われることになる。それからの私は、君を含めて三人の十字架を背負って生きていくのである」(『WiLL』2008年6月号、51)と語りかけています。綿井は被告を死刑にしてその十字架を背負うことに対して,何らかの思いを馳せたことがあるのでしょうか。それが無いままに被告側の事情だけを語り続けるのは,被害者遺族の思いに乗っかって被告を散々悪罵した「マスコミ」と何が違うというのでしょうか。違うのはベクトルだけで,中身は何ら変わるところがないのではないですか。

 4/19の本村氏の発言を綿井のように解釈するのは,誤読です。少なくとも不正確です。本村氏は単に被告が死刑になることを望んでいるのではないと考えるべきです。それが被告に,社会に,自分自身に与える影響を考慮し,その上で被告の死刑を望んでいるのですから,綿井の解釈は本村氏をあまりにも単純に解釈しています。やはり綿井は,最初から本村洋という人間を理解しようとはしていないのだとしか考えられないのです。

 まあ,いくつもの条件を挙げてとは言え,いやむしろその方が質が悪いのかも知れませんが,「ジャーナリストを辞める」と言い出し,判決が出た後に,色々と言を左右にしてやっぱり辞めないと言う者の発言を,そもそも信用に値すると考えること自体が間違いなのかも知れません。

 結局結論はここに行き着くんです。

 こんな奴,辞めようがどうしようが,どうでも良い!


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