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zoom RSS 映画「靖国 YASUKUNI」の云々について

<<   作成日時 : 2008/04/02 22:20   >>

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 最近話題になっていることとして,「靖国 YASUKUNI」という映画の上映中止があります。
 上映を予定していた映画館(5箇所)が「(右翼団体の街宣車による抗議行動などによる)トラブルを回避するため」として中止を決めたということなのですが,具体的に圧力がかかったのは1箇所で,他はその状況を見て決めたようです。※時事通信社や朝日新聞の記事では映画館側が上映中止を決めたように読み取れます。しかし,映画館シネマート側の発表によると,配給会社アルゴ・ピクチャーズ側から上映中止の申し入れがあったとのことです。そのことについては後述します。

 さて,ここから見えてくるのは何なのでしょうか。メディアでは「表現の自由」の問題と結び付けて考える傾向にあり,「世界の片隅でニュースを読む」の記事でも「この国においてはもはや言論・表現の自由を社会的に保障する地盤が崩壊している」と述べられていますが,そこまで大きな問題ではなく,実際には,「事なかれ主義」が進んでいて,圧力団体の存在,あるいは圧力団体の行動が予想される段階で,関わり合いを持ちたくないというだけのことです。
 プリンスホテルが日教組の大会の開催に会場を貸し出すことを(一度契約しながら)拒否した事例が引き合いに出されてきますが,今回の映画館にせよ,プリンスホテルにせよ,要は「関わり合いになりたくない」だけであって,何らかの主義主張を持ち合わせた上での行動ではなく,表現の自由云々の問題とは関連がないのです。
 (自らにとって)面倒(になりそうな)事を抱え込みたくない,ただそれだけの単純な(脳味噌の足りない)企業が引き起こした事例にも関わらず,「表現の自由の侵害」という言葉を振りかざすことによって,まるでこの事例が重大事件であるかの如き認識を植えつけてしまったのです。
 勝谷誠彦氏は4/1に6ch(関西)のTV番組で,映画館に対して「勇気がない」と言っていました。まさに「それだけのこと」なのです。

 今回の事例は,表現の自由に関する事例として捉えるのは不適切ですが,見過ごすことのできない問題も抱えています。
 実際問題として怖いのは,事なかれ主義によって,また,日和見主義によって,何の主義主張もない者が,何が「問題」とされるかがはっきりしないままに,「何の思想性もなく」声を上げた者どもの尻馬に乗ることです。
 今回の事例では,これに当てはまる映画館もあるようで,それに対して「無理を通せば道理が引っ込む」という言葉は不適当なものです。別に道理を通そうとしていた人達が,無理を通されたことによって道理を引っ込めざるを得なかった訳ではなく,単に抗議の声が上がったので,何の考えもなくそれに対応しただけのことだからです。
 しかし,この行動には何らの思想性もありません。思想性がないということは,使命感も罪悪感もなく,あらゆる行動が無感情に取られるということでもあり,無責任ということでもあります。このような行動ほど怖いものはありません。

※…と当初は思っていたのですが,今回の問題はプリンスホテルの問題とはちょっと内容が異なるようで,同種の問題とすることには疑問が残ります。以下,そのような流れの考察に切り替わります。


 今回の事例,朝日新聞の3月30日付と4月2日付の社説によく現れていますが,またしても朝日新聞が偽善行為に走っています。
 3月30日付社説では,国会議員向けの試写会のきっかけとなった稲田朋美議員に対して以下のような提案をしています。
 映画館に圧力をかけることのないよう呼びかける一方、上映をやめないように映画館を支えるのだ。それは、主義主張を超えた「選良」にふさわしい行為に違いない。

 さらに4月2日付社説では,その提案を実行するように迫ります。
 稲田氏は「私たちの行動が表現の自由に対する制限でないことを明らかにするためにも、上映を中止していただきたくない」との談話を出した。それが本気ならば、上映を広く呼びかけて支えるなど具体的な行動を起こしたらどうか。

 しかし,朝日新聞がこれまでに「主義主張を超えた」支援の声を上げたことがあったのでしょうか,少なくとも,所謂右系のイベントの反対派に対してこのような支援の声を上げるように提案したという記憶はありません。
 つまり,稲田議員への提案は,そうしてもらった方が朝日新聞にとって都合が良いから,そう言っているだけであるに過ぎないのに,そうすることがまるで「選良」の義務であるかの如く言ってのけてしまう御都合な言動。これは,朝日新聞が偽善的であるという証明以外の何者でもありません。
 「それが本気ならば〜したらどうか」という部分に至っては,もはや脅迫寸前の言動で,所詮は口先だけの議員であるというイメージを植えつけようとしているのではないかと勘ぐりたくなります。考えてみると,上映を呼びかけるという名の下に上映を強制すれば,これもまた表現の自由の侵害でしかなく,「国会議員が疑問を持つ」ことの持つpowerには敏感でも,「国会議員が上映を呼びかける」ことの持つpowerには鈍感であるということになります。いや,実際には,朝日新聞が「自分にとって都合の良いこと」を推進するpowerについては,無条件に肯定して無反省であるということを示すものであると言うことができましょう。

 さらに4月2日付社説では,冒頭から「これは言論や表現の自由にとって極めて深刻な事態である」と危機感を煽り,次のように述べます。
 自由にものが言えない。自由な表現活動ができない。それがどれほど息苦しく不健全な社会かは、ほんの60年余り前まで嫌と言うほど経験している。

 撮った映画を映画館が上映してくれないということが「自由な表現活動ができない」社会の象徴だというのであれば,森達也氏がその著書『視点をずらす思考術』で触れていた,オウム真理教の信者をテーマに撮った映画をどこも上映しないどころか,メディアが取材にすら来なかったというあの事例は,当然今回の事例と並べて語られるべきものとなるでしょう。しかし,当時朝日新聞がその事例について「表現の自由の侵害」であると主張したなどということがあったでしょうか。
 そのことを踏まえてみると,この主張も,御都合なものでしかないのであって,実際に「表現の自由の侵害」が発生しているかどうかを検証したものではないのです。
 実際,今回の事例で誰が「表現の自由の侵害」行為をしたのかということを考えてみると,…誰?
 稲田朋美議員:否,「文化庁の助成金対象」であることを理由に試写を要請したものの,この人が問題にしたのは「文化庁助成金」と「映画の内容」の関連であって,「映画の上映」ではないからです。
 映画館:否,上映中止を決定したとは言え,上記のように思想性があってのものではなく,単に「自館での上映をしない」と言っているだけで,申し合わせをした訳でも他館に圧力をかけた訳でもないからです。
 配給会社:否,具体的な圧力がかかっていない段階で自分から上映を取り下げたのであれば,侵害も何もあったものではないからです。
 右翼団体:否,「抗議の声」が所謂右系から上がっているということは予測できますが,今回の事例では何らの具体的行動も起こしていないからです。
 結局のところ,現時点で「表現の自由の侵害」行為をした者は存在しないのです。なのに「表現の自由の侵害」が起こっているという主張が出てくるのは,この問題を何とかして「表現の自由」と結び付けようとする意図があるとしか言い様がないのです。

 この2つの社説を読んでみて分かることとして,朝日新聞は自分は日和見をして,他者に金なり力なり出させようということ,そして,それが如何にもその者たちの義務であるかの如く述べ立てるということです。では,報道機関である朝日新聞の義務は何なのでしょうか。ここまで「表現の自由の侵害」を訴えるのですから,侵害されている者を率先して支援することでしょう。しかし社説の中に,具体的に支援するといった何らのコメントも出てきません。これも,朝日新聞の偽善性の現れというべきものでしょう。

 さて,撮った映画が必ずしも映画館で上映してもらえるとは限らないということについて,「高倉三郎の渡世日記」の記事が1つの参考になるのではないかと思います。
 高倉氏は,公開予定が立っていなくても制作を行う場合があり,撮ったは良いが公開の当てがない,やっと公開が決まったと思えば単館上映だった,なんてことはよくあることと述べています。ともすれば有名なもののみに目が向いてしまうのですが,世に出る映画の全てが恵まれた環境で作られているのではないことに思いを致せば,映画館で上映されないことが騒ぎになることの何と幸せなことか,と思ってしまいます。

 左系がこの意趣返しとしてできることは,「南京の真実」を上映中止に追い込むことなのでしょうが,…できる訳ありませんね。普段「表現の自由」の尊重を要請している人達が,正義の名の下に「表現の自由の侵害」を行う。これほど矛盾した行動はないからです。せいぜい「南京の真実」不鑑賞運動を大々的に行うことでしょうか。映画館の前で大声を出し,「ひょっとしたら客に迷惑をかけることになるかも知れない」と思わせれば,映画館が上映中止の方針を打ち出すかも知れませんからね。


 さて,あまり表には出てきませんが,今回の話で気になるのは,実は配給会社アルゴ・ピクチャーズの動きです。時事通信や朝日新聞,赤旗に載っているニュースを見ていると,映画館が上映中止を決めたという流れになっています。
 しかし,先にも述べたように,シネマートは声明の中で,経緯はどうあれ,配給会社が上映中止を申し入れてきたという流れを主張しています。もし,シネマート側が上映に向けて動いている中,色々と対策を施していたにも関わらず,アルゴ側が上映中止を決定したとすれば,「映画館が自粛したから上映中止に追い込まれた」ことにはならないのではないかと思います。シネマートは東京と大阪各1箇所で上映の予定でしたから,ここに配給するだけでも東京と大阪をカバーすることができた訳で,もしシネマート側が事実と異なることを主張しているのなら,アルゴ側はそのことについてコメントするべきでしょう。
 さらに,アルゴの担当者は赤旗の取材に対して「(文化庁から)公開前の映画を特定の国会議員らに見せろといわれたことは、一種の圧力と感じた」と述べていますが,マスコミ試写を精力的に行い,国会議員もマスコミ試写に行けと言っておきながら,試写を要請されたことを圧力と感じるというこの言い様,何とも「政治的意図」を感じさせるものでありましょう。
 極めつけは,「靖国 YASUKUNI」の公式サイトにはこのような情報が何ら上がっていないことです。メディアには好き勝手なことを色々と述べ立てるにも関わらず,公式サイトという最も核となるところでは沈黙するというこの好き勝手さ。アルゴのホームページを見れば,それも納得せざるを得ないものでしょうか。
 毎日Webは李纓監督まで持ち出してきて「作品を見て欲しい」と言わせていますが,アルゴ側が実は上映に消極的だったのではないかという疑念が解決されない限り,これを表現の自由に関わる問題として捉えることを躊躇わざるを得ません。


 こういったものを見てみると,これが「表現の自由」に関わる問題でないことがはっきりすると思います。右翼の街宣車という目に見えないpowerが暗躍したこと,「靖国派」の議員が介在したことで,非常にセンセーショナルな話題にしやすかったことがあったのでしょうが,「この国においてはもはや言論・表現の自由を社会的に保障する地盤が崩壊している」(既述)と述べ立てた割には,実はそのことは問題の本質からずれているという可能性が出てきているのです。
 右翼の街宣車を糾弾するのは,実際に出てきてからにするべきでしょう。国会議員が妨害したというのなら,その証拠を示すべきでしょう。さらに,表現の自由の侵害を主張するのなら,侵害した者を特定し糾弾するべきでしょう(できるはずでしょう?)。
 試写会が「議員限定という時点で事実上の検閲にほかならない」とか助成金について「助成の取り消しを議員が勝手に言い出すのは、事前検閲による上映妨害以外のなにものでもない」とか主張する向き(「世界の片隅でニュースを読む」)に至っては,もはや噴飯ものでしかありません。国会議員が出てくること自体がpowerをかけることになり,何をやっても問題になるというのなら,国会議員に国政調査権を与えること自体が問題にされるべきでしょう。ここで述べられていることもまた,自分にとって都合良いpowerのかけ方に対する無反省,自分にとって都合の悪いpowerの全否定です。


 最後に,私が言いたいこと,それは「靖国 YASUKUNI」を見せろ。上映されないことには,見ることすらできません。見ることができないことには,内容がどうなのか判断することすらできませんから。
 それに,もしシネマート側の発表が事実であるとすれば,アルゴ側は文化庁の助成金を受けていながら,上映中止にすることでそれを無駄遣いしたことになり,その経緯に関して説明をきっちりとしてもらわなければならないでしょう。


参考

  1. 時事通信:2008/03/31-21:26 映画「靖国」上映中止=東京、大阪の5館が自粛
     http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_date3&k=2008033100956

  2. 株式会社エスピーオー:「靖国 YASUKUNI」の上映中止に至る経緯に関しまして
     http://www.cinemart.co.jp/theater/images/yasukuni.pdf

  3. 朝日新聞:3/30付社説

  4. 朝日新聞:4/2付社説

  5. 毎日新聞web:映画「靖国」上映中止 揺らぐ表現の自由
     http://mainichi.jp/select/opinion/closeup/news/20080402ddn003040028000c.html

  6. 高倉三郎の渡世日記:靖国ね・・・
     http://takakuratosei.blog28.fc2.com/blog-entry-120.html

  7. 世界の片隅でニュースを読む:映画「靖国」上映妨害問題
     http://sekakata.exblog.jp/6916737/

  8. しんぶん赤旗:公開前映画「YASUKUNI」に「靖国」派圧力
     http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-03-17/2008031704_02_0.html

  9. 映画「靖国 YASUKUNI」公式サイト
     http://www.yasukuni-movie.com/



追記(20070406)
 トラックバック先からコメントを頂きましたが,それを読んだ後でも,この事例が「表現の自由」に関連する問題であるとは思えません。
 国会議員が試写を要求したこと自体を問題とするなら,それを理由にした上映中止の決定はないのですから,上映中止とは切り離して考えるべき問題です。また,それが抗議活動のきっかけとなったとするのなら,それと抗議活動とのリンクを,単なる推測ではない形で,明らかにして頂きたいものです。
 私は今回の事例において,「表現の自由」が拡大解釈されているように思います。
 具体的な「右翼団体」の名称も上げられていないうちから抗議行動を懸念した「映画館側の先読み」に問題があるとするなら,それと「表現の自由の侵害」との間には直接のリンクがない(「先読み」自体は表現の自由の侵害ではない)にも関わらず,表現の自由の問題として大きく報道されている状況に危機感がないことが大きな問題です。
 また,「右翼団体の抗議行動」に問題があるとするなら,どのような抗議行動なら「表現の自由の侵害」となるのかを明らかにする必要があります。それなくして「表現の自由の侵害」と言っても,具体性を持たない議論にしかなりません。
 そのような意見を以て「表現の自由」を訴えられても,反対意見が持つ「表現の自由」を侵害しているという点では,今回の事例で「表現の自由を侵害している」とされている側と同じであり,到底信用できるものではありません。

 本日放送の「サンデープロジェクト」でもこの問題が取り上げられていますが,各映画館の対応を紹介する中で,シネマートの対応と主張(これだけがアルゴ側の主張と食い違う)について一言も触れていませんでした。
 アルゴの岡田代表取締役を呼び,その意見は大きく採り上げるのに,それと相反する意見を黙殺していることも,「拡大解釈された表現の自由」の侵害に当たるものです。このような番組が持っている世論操作のpowerについて,「表現の自由」が危ないと感じている人達から何の反論も出てこないということが(あるいは“こそ”)危険なのです。

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内 容 ニックネーム/日時
 TBありがとうございます。
 拙文へのご批判を拝読しました。リンクもURLも張らずにこっそり中傷する人が少なくない中で、正々堂々と批判を行いTBを送信された姿勢に敬意を表します。
 当然批判内容には納得できませんが、「私が言いたいこと、それは『靖国 YASUKUNI』を見せろ。上映されないことには、見ることすらできません」という結論は全く同感なので、あえて議論するつもりはありません。
 ただ1点だけ。稲田議員らが一般公開後に文化庁の助成はおかしいと茶々を入れるのならば正当な国政調査と言えなくもないですが、公開前に議員限定の事前試写を要求したのは明らかな「検閲」です。この助成金制度は元々独力では商業ベースに乗りにくい文化事業を援助するためのもので、助成金の中止(返還)を示唆することは映画上映の妨害に当たります。これを問題と感じない人が多いことが「言論・表現の自由を社会的に保障する地盤が崩壊」している証左です。
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2008/04/02 23:09

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