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zoom RSS 二項対立図式からの脱却を図るべき

<<   作成日時 : 2008/02/22 01:24   >>

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 イージス艦と漁船の衝突事故に関して,いくつものWeblogで論考が書かれていますが,TVや新聞の情報を見ている限りでは,「イージス艦が悪者にされている」と考える人もいるのか,webでは漁船側の責任を追及する声が上がっています。

 簡単に言うと,「イージス艦はでかくてとっさの回避行動が取れないし,下手に方向転換したらその方が危険だから,漁船の側が避けてくれも良かったんじゃない」と言いたいらしいです。
 これに賛同する意見もいくつかあるのですが,みあさんのWeblogの記事を読んでからよくよく考えてみると,実は視野が狭い意見なのです。
 漁船とイージス艦を相対的に見ることはできていても,イージス艦とて海の上ではちっぽけなのだという事実をすっ飛ばして,「イージス艦は大きい」という,実際には「漁船と比べて」という相対的でしかない事実に,絶対的イメージを植えつけているのです。その点ではこういう意見も,それを書いた人が批判するメディアの世論操作と,中身において変わらない訳で,簡単にオルタナティブを提示した気になるなよと突っ込みたくなります。
 蛇足ですが,12分にせよ30分にせよ,もっと海を広く使える段階で回避に向けた行動を取れていれば,いかにイージス艦が大きかろうと,回避は容易だった訳で,それがどこまでできていたのかということが問われているのです(メディアも主にその点を集中攻撃しているのですが)。他の漁船が回避行動を取ったのに,清徳丸だけが取らなかったとも言われていますが,それも時間的視野が狭いのではないかという疑問が残ります(漁船の回避行動開始が結構遅いことにも注意するべきでしょう)。

 この問題でいくつかWeblogを見てみましたが,イージス艦が「公務」であり,尊敬されるべきだとか,漁船側によける気持ちがあっても良かったのではないかという意見については,私は全く賛同する気になりません。これこそ「官尊民卑」の典型例であり,その延長線上につい最近大阪府知事が怒ったNHKの対応があることを思えば,大型船対小型船の話と「公」対「民」との間には全く関係性がない訳ですし,結局見当外れかつ二重基準であると言うことになりましょう。

 今のところ,イージス艦に回避義務があったという点では,メディアもネットも一致しているようなので,その前提で話を進めます。
 忘れかけられているのではないかと気になるのは,
1.「避けやすい」と「避けるべき」は違う
2.「避けにくい」から「避ける義務がある状態」を無視して良い訳ではない
3.「過失がない」と「行動が十全」とは関係がない
4.「過失が100%ではない」と「相手にも過失がある」とは意味が違う

の4点です。それが特にWeblogでは考慮されていないのです。

 「避けやすい」漁船が避けてあげれば,事故にならなかったかも知れませんが,それでイージス艦側の過失の割合が減る訳ではありません,それとこれとは無関係です。
 「避けにくい」のなら,避けられない事態になる前に何とかするのが当然で,例え「自転車の速度」であろうとも,事故の直前に急ブレーキ状態になるのは論外なのではないかと思います。
 それに,誰も漁船の行動が十全だったとは言っていないように思います。「漁船に過失は無いようだ」とは言っていますが,それは漁船側の行動が十全だったことを意味しません。漁船側にも何かできることはあったかも知れませんが,それを踏まえても「漁船に過失はない」ように思います。
 「依存症の独り言」では産経新聞(これもメディアなのだが…)に引かれている弁護士の意見を根拠に「過失責任は漁船側にもある」と言っています。しかし,「追突でない限り一方に100%の過失があるということではない」は交通事故の事例を援用しただけではないでしょうか。陸上それも車同士の事故の過失責任を,ルールの異なる海上通行に簡単に援用できるものなのかは疑問です。
 単純に言っても,過失を問われるべきはイージス艦側であり,漁船側の責任を問うことでその責任を逃れさせようとするのは,容易に自衛隊不要論に傾くどこかの党の人達と同じで,論点をずらしているだけでしかないのです。結局のところ,自分に都合の良い結論を導き出したいという意図の表れでしかないのです。イージス艦側を批判する人が,全て自衛隊だから悪だと決めつけている訳でもありませんしね。


 少なくとも「メディアよりネットの住民の方が健全」と臆面もなく言ってのけられるWeblog作者を,非難するどころか称賛するネット住民が多い状態では,中国のネット住民を笑ってなどいられません。
 そもそもメディアが不健全だからと言って(その前提すら不確かなものですが),ネット住民が健全だとは限らないのに,そう言ってしまえるところが,所詮は二項対立から逃れられていないと言うことになりましょう。
 それに,メディアとネット住民が対立関係にあるというのも,「朝日新聞対2ちゃんねる」で見られるような構図でしかなく,さらにそんなことを言っている人が,別の記事では福島香織氏(この人もメディアの所属)を肯定的に引用しているという何とも奇妙なことは,こういう時に全く顧みられることもないのです。


今回の記事を書くに当たって参考にしたWeb資料
みあのなんとなくな日々「守れんのか?」
依存症の独り言「「あたご」だけが悪いのか」
草莽崛起「危険予知ということ」

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コメント(5件)

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漁師のげん担ぎが原因?
最悪のケースは,清徳丸があたごの前方で緑の灯火を表示,漂泊し,あたごが近づくのを待ちうけ,あたごの船首を横切ろうとして失敗したケースでしょう。
イージス艦あたごに過失はない!
http://d.hatena.ne.jp/yaruka/
yaruka
2008/03/14 23:26
 コメントありがとうございます。
 私はこの記事を書いて以降,この問題にはノータッチなので,状況はよく分かりません。状況が変わっていれば,この記事の前提が崩れていることもあり得るでしょう(それでもあたごの行動が十全だったとは言えないでしょうが)。
 Weblogを拝見しましたので,「あたごに過失はない」と考える根拠は分かりますが,本記事公開前に目にすることができたGPSのデータと整合性が取れないのではないかという疑問が残ります。如何でしょうか。
 あと,当事者になっている専門家は,場合によっては最も信用できない存在となるので,単純に信用するのは危険かと思います。
Eric Prost
2008/03/15 22:56
べつに漁船のみが悪いなどと主張しているblogばかりではないと思いますが。洋上の事故はたいてい双方の「これくらいなら大丈夫」が重なって起こるもの。当然、事故の責任は双方に発生します。

>過失を問われるべきはイージス艦側であり,漁船側の責任を問うことでその責任を逃れさせようとするのは,容易に(以下略)

これこそ「二項対立から逃れられていない」典型的な例ですね。
漁船の責任を問うことが「イージス艦側の責任を逃れさせようとする」こととイコールになるとお考えですか?
今後同じような悲劇を繰り返さないように、双方の不注意な点を追求していくことが「自分に都合の良い結論を導き出したいという意図の表れ」なのですか?

もう少し様々な意見に真摯に耳を傾けて、内容を理解しようという努力をされたほうが良いように思えます。
フリーター31才
2008/05/21 23:48
常識的な行動を取っていれば絡むことはない。つまり興味本意の操船を漁船はとった。護衛艦はあらゆる時点で合理的な範囲で最善と思われる操船をとった。これは動かない。しかし、護衛艦は合理的範囲を越えて過剰な行動も選択可能であったことは否定できない。今回の場合、社会通念上、漁船が悪かったとしなければ現在の社会システムそのものが否定される。むろん護衛艦が大型漁船で、漁船が高速ボートであっても同じ。車を運転していて歩行者がわざと飛び出して転倒、ひいてしまえばどうでしょう。車に過失なしとはできませんが、どこに潜んだかもしれない歩行者のために一般道を30km/h以上で走る車は無くなり、社会は非合理な打撃をうけるのが正しいでしょうか?
pin
2011/11/13 19:39
>pin様
 コメントありがとうございます。
 3年以上前の話で,すでにそれについての記憶も曖昧なのですが,「護衛艦はあらゆる時点で合理的な範囲で最善と思われる操船をとった」とは当時から言われていなかったように思います。
 また,コメントからは社会システムを否定しないために良い悪いを決めてしまうことを肯定していらっしゃるように思います。それは保守(現状維持)的な考え方としては理解できますが,そのまま絶対的なものとして認めることは難しいでしょう。
 また,最後の「一般道を30km/h以上で走る車は無くなり、社会は非合理な打撃をうける」とはどういうことでしょうか(特に30km/hという具体的な数字が出てきているのはなぜでしょうか)。現在は自動車が何km/hで走っていようが,歩行者と接触すれば自動車の方の過失が大きいとされています。自動車を運転する人にかなりの注意力が求められているということなのではないでしょうか。
Eric Prost
2011/11/19 07:47

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