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zoom RSS 「消えた年金問題」に関して考察

<<   作成日時 : 2007/05/27 16:53   >>

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 社保庁の「消えた年金問題」は、結局うやむやのうちに、問題そのものが閣僚の頭の中からは消えて無くなるのだろう。どうせ自分たちは議員年金をもらうから、国民年金が消えようとどうしようと、それで困ることはないのだというのが見えてくる。
 議員年金について「在職中もらえない」という話はよく聞く。それが高額年金の言い訳の1つとして使われているのだが、在職中は歳費をもらってるだろう? どれだけ金をもらうつもりだ? …全く、欲望にはきりがないってことか。

 この問題で難しいのは、社保庁側で記録が混乱していることだ。社保庁の記録が当てにならないのだからと言って、そこら辺にあるものから「再構築」しようとしていることに問題がある。だから証拠が云々という話になるのだ。記録が無くなってしまった訳ではなく、混乱しているだけなのだから、物的証拠にのみ頼るのではなく、状況証拠を精緻に推測して埋めることも必要だろう。「名前の読みの違い」や「生年の違い」のような「社保庁側でミスをしている可能性」や「年齢を誤認(偽装)している可能性」に基づく違いを、単に「違い」として符合しない根拠とするような「お役所仕事」をやっている場合ではない。この問題は現在進行形なのだ。時間がかかればかかる程「時効」を主張しやすくなる。与党案に「時効救済」事項があるといって油断してはならない。大体こういうのには抜け道があって、何とかして払わずに済むようにできているからだ。

 このような状況であるのに、安倍は「申し立てがあったら全て支払えと言うことか」などと間抜けたことを抜かしている。こういう対応が何とも官僚的なのだ。領収書でなくても家計簿、預金通帳、社員名簿などを納付の証拠として取り扱おうという考え方は、いかにも「考えてますよ」をアピールするにはうってつけなのだろう、…それくらいの証拠がある人がどれくらいいるか。結局のところ、符合しない5000万件をどうするつもりなのか、そこには全くメスが入れられることはないのだろう。片山ボケ虎は5/27の“報道2001”で「年金は自分で申請して受け取るものだ」などと御託を並べていたが、「消えた年金問題」はそれ以前の問題だ。「民間になれば云々」ということについても、官僚的な民間機構が増えるだけで、安倍の間抜け話を聞いている限り、「民間」とは国の庇護を受けまくった、椅子にふんぞり返っているような大企業のことがイメージされているとしか思えない。
 普段は椅子にふんぞり返って客のことなど見てもいないくせに、いざ実務の問題になると、牛肉問題で偽申請に大わらわだった西友のような事例を想定して、自分たちが言い逃れできない事例だけに対処しようとする。その実質はどうかと言えば、西友のような誠意もなく、できるだけ何もやらずにおこうと言うことだ。これが「民間」だとすれば、何とも気楽なものではないか。

 「社保庁解体」といういかにも「有権者」に受けそうなもので、選挙に向けての話題作りに余念がない。しかし、簡単に社保庁を解体すると、解体後の新組織が社保庁の問題について、全てほっかむりをする可能性がある。「民間」になれば良くなると思ってるのかも知れないが、JRや郵政の事例を見れば、良くて「それほど変わらない」のである、ほとんどの場合、「世論」とかいうのに受けが良くなるかどうかが問題で、実体が良くなったかどうかは問題になっていないのだ。
 JRはなるほど都市部では良くなったかも知れないが、北海道で大量の廃線を出す羽目になっている。最近でも、脱線事故や新幹線新駅の事例に見るように、所謂「お役所的」な体質は何ら改善されていない。パーツの中に光るものがあったとしても、鎧を替えても、全体としては中身が変わってるようには見えない(特に中心部)。
 郵政は、結局何も変わっていないことが公社化の段階で明らかになっていたのに、小泉が民営化まで押し切ってしまった。…何も変わらないことが確定したようなものだ。確かに小手先の変革はいくつかやっている。しかし、○○ヤマトを意識したような再配達のシステムは、受取人に郵便局への連絡を強いるようになっただけのものだし(以前は郵便局に受け取りに行く分には、何も言う必要がなかったが、最近は「郵便局に受け取りに行く場合でも郵便局に連絡しろ」などと抜かすようになった。不在票が何らの進化も見せていないのだから、不便になるのは当たり前か)、無駄に種類が増えた郵便サービスは、企業にとっては楽かも知れないが、個人にとっては繁雑なだけだ。極めつけはレタックスで、「効率化」の名の下に、90%を占めるとも言われる580円ユーザーを切り捨てにかかり、不満の声が上がると1箇月そこそこで580円を復活させるという、何とも基軸のはっきりしない事業展開である。対顧客という面では○○ヤマトも大したことがないのだが、郵政はその面でも○○ヤマトに負けそうな状態から脱却できていない。そもそも、郵政の事業展開が○○ヤマトを視野に入れたものでしかないというのが大問題だ。ライバル会社となることで、サービスが向上するはずなのに、足の引っ張り合いにしかなっていない。そもそも、サービスの向上と言ったところで、職員一人一人のモラール(士気)に関しては、国営も民営も変わりない、それこそモラルの問題であって、「民営化=サービス向上」自体疑わしい。結局民営化と言ったところで、何ら個人客にとってはプラスになっていないのだ。
 郵政民営化推進論者に聞いてみたい、結局のところ国の事業としての郵政の、何がどう変わって「良くなった」のかを、具体的に。

 それにしても、納得できないというか、どう考えても矛盾しているのは、最近の年金未納問題の影響からか、最近国税庁が国民年金保険料に関して、控除の際、証明書類の添付を求めていることだ。
 社保庁は下半期分の前納期限も終わっていない10月初旬の段階での納付証明的なものはくれるが、それ以降に納付した場合、証明書類とは領収書だ。領収書を取り上げられて、30年後に年金関係で「領収書を見せろ」などと言われたらどうするつもりだ? 国税庁と社保庁は直ちにこの点を改善せよ! 国民年金の領収書など手放せる訳ないだろう、ふざけた話だ。
 何でも、民主党は国税庁に国民保険料の徴収業務を統合させると言ってるんだって? 片山ボケ虎はぐちゃぐちゃ言っていたが、領収業務が統合されれば領収書の添付は必要なくなるな。これはこれで面白い、どうせ省庁の権益争いで潰されるだろうが、こういった効率化(を考えること)も必要ではないのか?

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