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zoom RSS タバコにまつわるエトセトラ

<<   作成日時 : 2006/10/22 23:25   >>

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 今日(2006年10月22日)の10ch「たかじんのそこまで言って委員会」で「喫煙−禁煙論争」(とでも名付ければよいのか?)をやっていました。そこで宮崎哲弥が「私は煙草を吸わないが,煙草の話が云々なら,車(交通事故による死亡者数)の話はどうなるんだ」と言っていました。
 …はて,この話はどこかで聞いたことがあります。…小谷野敦が言っていたことではなかったかな? もっとも小谷野はタバコを吸うから,「私は煙草を吸わない」は当てはまりませんが。

 どっちが先だったでしょうか?
 私には最近の宮崎は,他人の意見をまるでブラックホールかアメーバのように飲み込んで,その人の居ないところで(まるで代弁の如く)発言してしまうように思えてなりません。小林よしのりの意見もかつて小林の居ないところで発言した(と小林が書いて,もとい描いていた)ことがありますね。
 小林の場合は,「この場に小林よしのりが居ないから言うけど」と前置きした(と小林は描いている)ものであり,「朝生」なので小林本人も見ていたでしょう(そして好意的に描いていることからも満足しているでしょう)。しかし今回は「たかじん」,関東圏には放送されない番組です。…とすると,小谷野はこの宮崎の発言を見ることができないのではないか,そうすると,小谷野の反応が見えない可能性があるわけですな。
 普段小谷野を読まない人は,今回の宮崎の発言の出自が小谷野であることすら分からずに,宮崎を「禁煙問題について車の話を引き合いに出す人」とみなすのかなあと思うわけですな。
 …まあ小谷野なら,そんな人たちを「バカ」で済ますんでしょうかね。


 …煙草に関して,小谷野はかつて東大の禁煙状況について色々(実体験を)書いていました。
 私の現所属は小谷野がかつて勤務していたところです(時期は重ならない)が,そこの禁煙に向けての状況を少し書いてみます。
 私の入学は昨年(2005)の4月,その4月に現所属では全館禁煙となりました。聞くところによると,その前年(2004)に「学生談話室」と名付けられている部屋に分煙機を持ち込んで「喫煙所」としていたとのことです(誰でも使えなければならない部屋を喫煙者の溜まり場としたこの措置自体,私は嫌煙者の権利を阻害する問題のある措置だと思います。そして,その部屋は今でも煙草臭いんです)。
 そして全館禁煙以後,建物の外に灰皿を設置し,その近くで喫煙することと定められました。その後,建物の外に設置した灰皿の管理が問題となり,灰皿の位置や数に変更が何度か加えられています。

 小谷野は禁煙ファシズムの進行について述べていますが,それは私の現所属でも同じで,また大学で定められている「受動喫煙防止指針」の観点からも外れた非常に無駄の多い措置を採られ続けています。
 現所属での「受動喫煙防止指針」では「受動喫煙」が定義されていませんが,学生部がかつて掲示していたビラには,「屋内またはそれに準ずる環境下において強制的に他人の煙草の煙を吸わされること」となっています。…いずれにせよ,屋外は対象外です。このことについて一言も説明のないままに「指針」で屋外の歩行喫煙を禁止しているのは,根拠なく学生、教職員の行動を縛るものであり,許されるべきではないのです(少なくとも「学内」が「屋内」に準ずるかどうか議論すべき)。

 1つ言っておきますが,私は非喫煙者で嫌煙家です。私自身煙草の煙(より正確に言うと「臭い」)を吸わされるのは御免被りますし,ところ構わず煙草を吹かして他人に煙を(直接)吹き付けるような阿呆どもに肩入れするつもりは全くありません。しかし,「禁煙ファシズム」に反対する理由には,煙草を吸うことに「他人に迷惑をかけない範囲」が存在しないとする余りにも乱暴な論理が存在しているからです。
 さらに,現在行われている「分煙」措置は全く「分煙」を目指したものではなく,問題となるものを排除してしまえば済むという単なる「排除」の論理によって行われているものでしかなく,実効性のない無駄なことばかり行われていると考えるからです。

 まず,屋外の分煙など土台無理な話です。区画を決めて制限すれば良いというのは実は幻想で,区画を決めることによる弊害が存在します。区画内に喫煙者が集まると,風向きによっては分煙しないときに比べて何倍にも増幅された煙が流れてくる羽目になるのです。実際,建物の入口のそばに区画を設置する(現所属の場合は単に灰皿を置く)ものだから,建物に入る人全てが煙草の煙にさらされるという「分煙」とは程遠い状態が続きました。最近採られた方法は何と「喫煙場所の削減」です。余計増幅されるっちゅうねん! そもそも措置を採ったことに起因する問題なのにこの有様です。
 わずか1年足らずしか使わなかった分煙機。そして,それを1年で不使用状態にしてしまう予算の無駄遣い。これを資料に回せば,大したことはないけれどもそれなりのプラスにはなりましょう。現所属でみても1台すなわち少なくとも十数万円が「ゴミ」を買うために使われたのです。全学規模ならどれだけの金額になるでしょうか。…分煙機を買った上は有効に使えるような施策をせよと言いたいのです。
 ところで多くの自治体が,分煙機で予算の無駄遣いをしました。分煙機を競売にかけたところもあるようです。もちろん買値よりもはるかに安く売られるのですから,予算の無駄遣いになっています。まだ持ち腐れにしている自治体もあることでしょう。
 なぜ「分煙」が「禁煙」ファシズムに走ってしまったのか,喫煙者も禁煙者も,愛煙家も嫌煙家も,今考えてみる必要があるのではないでしょうか。
 煙草が標的になっているうちは被害が及ばない人が多いかも知れませんが,煙草の次に来るものが必ずあります。そのときになって泣く羽目になってももう遅いのです。すでに煙草の他にディーゼル車,TVゲームが標的になりかかっています(TVゲームは反論者が多すぎてやや下火にはなったけれども)。もう「禁○○ファシズム」を「思想の自由」で容認し続ける日々は終わりを迎えました。「禁じられた自由」はもう要らないのです。

 分煙機の有効性に関しては疑問の声が上がっています。「有害物質を除去できない」という批判に関しては,製造側にも効果を誇張しすぎた面がありますが,「禁煙にするのが当たり前」という思考法から抜け出せないうちは,「有害物質」に過剰反応してしまうのでしょうね。
 そもそも「有害物質」に限らず,フィルターで全てを除去するのはかなり難しいものなのです。完全に「有害物質」を除去するような技術を開発することそのものは可能でしょうが,そこまでした分煙機はどれほどの価格になるでしょうか。
 そもそも「煙草の煙」の有害性(病気に何倍かかりやすいとかいうもの)にどれくらいの科学的根拠が認められるのか疑問です。「数字」が示されますが,それは喫煙以外の要素をどれだけ加味したものなのでしょうか。喫煙者と非喫煙者とで,喫煙以外の要素が全く同じなどということはあり得ないわけで,そんな中で採られた「数字」の独り歩きは『ゲーム脳の恐怖』と全く同じではありませんか。

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