Eric Prog

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zoom RSS 久々の「ぶった切り」

<<   作成日時 : 2004/09/02 00:15   >>

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 9/1の朝日新聞夕刊に「技の美しさこそ本質 国と国との闘いではなく」と題した作家堀江敏幸氏の文章がありました。
 ここで堀江氏は,8/29NHK地上波で放送された,アテネ五輪ハンドボール女子決勝戦の話を持ち出しています。
 …私も実はこれ見てました。デンマークvs韓国,予選リーグ同組でリーグ戦では29−29の引き分け,決勝で再び相見えて完全決着という試合でしたね。
 前後半終了時同点で延長(ET1)に,ET1終了時もまた同点で再延長(ET2)に突入と白熱,ET2も残り1分半程,韓国1点リードの場面。ここで,堀江氏が問題にした「ニュースをお送りします」宣言(こう言うのを宣言というのかね?)がなされたのです。
 1つ突っ込んでおきますと,堀江氏は7メートルスロー戦(サッカーで言うところのPK戦)を楽しみにしていたようですが,少なくとも放送が切れた時点では,7メートルスロー戦になるかどうかさえ分からなかったはずです(韓国1点リードですし,同点で終わる保証のない白熱戦でしたから)。

 さて,放送が切られた場面は,確かに「そこしかない生中継の試合の,クライマックス」ですが,果たしてこの放送を切ったことを「競技の流れやコートで生起している身体とボールの関係図の変化に対する畏怖の念を完全に無視した,おそろしく機械的なふるまい」と言うことができるかどうかは,もう少し考えられるべきでしょう。
 しかも,「たとえ直後のニュースが大切な台風接近情報であったとしても,日本チームが出場していたら,放送時間は延長されたはず」(「出場していたら」という表現も変に感じますね。進出できなかったから出場していないのです)とまで言い切っているのですが,もしそうだとして何の問題があるんですか?
 デンマーク対韓国のハンドボールの試合よりも台風情報の方が欲しい人が多いと判断すれば,放送を切るのは当然ですし,もし日本チームの試合で放送時間を延長するのであれば,それはそれで放送する側がその方が多数の利益にかなうと判断したのですから,目くじらを立てる程のことではありません。

 堀江氏の文章はここからが圧巻です。何故か続く文章が「五輪はスポーツの祭典であると同時に,“国と国との闘い”である。この二週間ほど,不要としか思われないつなぎのおしゃべりの中で,そう言う物騒な台詞を何度も耳にした」なのです。
 まず文章のつながりが訳分からない,「起承転結」の「転」なのでしょうが,あまりにも転がりすぎているんです。
 さらに続けて「国と国との闘い,すなわち戦争なのだから,命を張っている自国の選手を,まずは無条件で応援すべきだという考え方は,日本だけのものではないだろう」と書いている。
 まず,オリンピックが国と国との戦いであると考える(言う)ことだけで「物騒」と言ってのけられる根拠は何なんでしょうか?
 しかも,命を張っている自国の選手を「戦争なのだから」無条件で応援しろ,などという考え方の日本人がどれだけ居ると考えているのですか?

 「“戦果”に直接関係のない情報や敗者たちは,こうして切り捨てられていく」と書いていますが,日本で「戦果」であっても切り捨てられたヨットの選手,「敗者」であっても取り上げられた井上康生選手,福原愛選手(さらに言えば,福原選手と同じベスト16まで進みながら完全に無視された他の女子卓球選手)の存在が,この記事では切り捨てられていますね。

 終わりの方,「あらかじめ番組を固定せず,放送を続けるべきか中断すべきか,試合の躍動感とプレーの質によって判断できるひとがモニターを操作してくれたら,少なくとも勝ち負けや“戦果”に視線が集中することはないだろう」は,堀江氏の固定観念の産物としか言いようがありません。
 確かに番組の枠を固定しなければ,その番組を見ている人は満足し得るでしょう。しかし,その番組に興味のかけらもない人にとってこれほどの苦痛はありません。堀江氏は自分の見たい番組は全部見たいと言っているに過ぎず,その番組について他人はどう考えているかという視点が完全に抜け落ちているのでしょう。もし堀江氏が見たくもない番組がその内容によって放送枠を自在に変化させられたとしたら,堀江氏はどう言うつもりなのでしょうね!

 単純に言ってしまいましょう,何のことはない,私(達)は新聞というマスコミを媒体として,堀江敏幸の全く個人的な愚痴,個人的な思い込みを読まされたのです。
 相手が作家だから新聞に載った,このような文章を読まされるとは,…バカバカしいこと限りない。

 いや実際,正直言って,私もあの試合途中での放送終了にはがっかりしましたよ。でもね,試合途中の良い場面でプロ野球(高校野球)の放送が切られるのはよくあることです。これと同じ話だと考えれば,NHKの今回の行動も「おそろしく機械的なふるまい」と批判の対象にする程のことではないと言うことなのですよ。

 最後に,堀江氏の言葉の使い方に変な部分が見受けられるので突っ込み。
 「フットボールのPK」という表現,「フットボール」は国・地域によって指す競技が異なる場合があるので,「サッカー」の意味で安易に使うべきではないと思います。
 そして,勝敗を競う場合は「戦い」を使うべきです。しかも,「国と国との闘い」は「すなわち戦争」なのですから,当然「戦い」を使うべきなのです。「戦争」は「戦い」でなければ意味が通らないでしょう? 「戦」という漢字を使いたくないのなら,「すなわち闘争」とでもしておくべきでした。思想を無理やり混ぜ込んだ為にこんな言葉遣いになったのでしょうか?

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
朝日の記事タイトルでGoogle検索したらここがヒットしました。
この朝日の記事には結構共感していたんですが、言われてみるとなるほどその通りですね。
とはいえ、彼の根っこには「メダル追っかけよりも競技を見ようよ」ということが
あるように感じました。見方が好意的すぎますかね?

自分のページでもこの記事について書いてみましたので、お暇でしたら御覧ください。
http://www.ne.jp/asahi/hp/syow-yow/
逍遙
2004/09/05 12:38
逍遙様,コメントありがとうございます。
確かに,オリンピックの放送はメダル追っかけに終始していたようですし,日本人以外の競技(日本人でもマイナーな競技)がカットされがちでした。
私は,堀江氏の意見があまりにも個人的であることと,それが新聞の「文化」面に(相手が作家だからと言う理由からか)堂々と載っていることをぶった切りたかったのです。
…個人的な愚痴を聞かされるのは,何も新聞に限ったことではありませんがね。
Eric Prost
2004/09/07 08:57

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