Eric Prog

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<<   作成日時 : 2004/08/13 23:28   >>

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評論家について思うこと(Kellyの場合)」について
 評論論(?)が白熱していましたね,私は少しだけ発言させてもらってその後は沈黙していましたが,自称評論家(収入はゼロ)として,さらに(要らぬ)物言いをしたくてやって参りました。

 幾つか疑問が浮かびましたが,文章を読み込む事でそれなりに解決し(たつもりになり)ました。ただ,1つ解決しなかった最大の疑問があります。
 それは,「この場で語義(言葉の意味)のすり合わせをする必要があったのか」ということです。
 Kelly様が,広辞苑にある「評論家」の意味でウケたのが発端なのでしょうが(実際にはKelly様の記事の元ネタで広辞苑を引いている事が発端ですね),辞書上の意味を以て「評論」や「批評」を論じている人もいました。しかし,辞書の意味はあくまでも「普遍的」なものに過ぎず,一人一人がその言葉の意味をどう捉えているかとは別問題です。
 もちろん,意味を大きく取り違えていれば(例:「西」を「太陽の昇る方角」と捉えれば),「それは違う」と言う事ができますが,それすら実際には「大方の見解と違うから違う」のであって,「辞書と違うから違う」訳ではないと言う事もできます(「西」とて大方の見解が「太陽の昇る方角」となれば[現在の「東」と同意になれば],辞書の記述は通用しなくなるでしょう)。ましてや,似たような意味の言葉を個々人がどの様に使っているか,それを辞書との比較で論じるのは,生きた言語に対して理解が無さすぎるのではないでしょうか。

 さて,「評論」には主観が入っていると思う人もいれば,主観抜きのものだと思う人もいます。主観が入っていないのはむしろ「解説」だと思う人もいます。「評論」,「解説」,「批評」,「評価」,いずれも似たような意味を持つ語ですが,詳細な意味をどう捉えるかについては,個々人に相違があります。で,この相違が言葉の行き違いを生んでしまう訳で,何かを根拠にして(辞書を根拠にした人はいましたね)語義をすり合わせて,行き違いをなくそうと思う人がいます。
 しかし,はっきり言ってしまえば,語義のすり合わせをする必要があるのは,学問上意味を固定させる(ある事柄について,その言い方を決めてしまう)場合や言葉の意味を共通にする必要がある(法律用語など)場合などに限るべきであり,一般の会話レベルでまで語義をすり合わせる必要はありません。むしろ(であるが故に),ある言葉について「自分の認識(している意味)は他人と共通ではない」事に留意し,その人がどの様な意味合いでその言葉を使っているかに注意を払うべきなのだと思います(何故すり合わせに否定的かというと,言葉を画一化させる作用があり,それが言葉の自由な使用(生きた言語)に支障をきたすと考えているからです。多数が否定する誤用は自然に淘汰されますし,淘汰されない誤用は新たな語彙として定着し,使われるようになるでしょう)。

 …Kelly様のこの文章,主題は「評論家」であって「評論」ではないと私は思っているのです。ところが,文章を字面で追うと,(私も指摘したように)評論家全体への攻撃になって(しまって)いるように見えること(それと,追加要素としてのオペラの話)によって,「評論」へと主題が(悪く言えば)すり替わったのではないかと感じています。

 最後に,(全てをぶち壊すかも知れない)私の考えを少し。
 …皆さん,「評論家は評論(辞書上の意味での)をする人だ」と思っていらっしゃいませんか? …違います(少なくとも私はそう思います)。世間で評論家と呼ばれている人達はあくまでも自称(あるいは他称)であって,「評論」をしていなくても(「感想」であっても)名乗る事ができるのですから。
 つまり,世の評論家を見て,辞書で「評論家」を引き,そのイメージが繋がった。それはそこまででしかありません。そこからさらに派生して,「評論」について論じるのは,すでに主題からは外れているのです!(…言い切っちゃった…)
 …別に論じてはならないとは言いませんよ。ただ,「評論家」から「評論」に題を移しているのに,最初の「評論家」論議を引きずり続けるのは論点がずれる素となると言いたいのです。

 Kelly様,これが私の「ハリセン」でございます…。

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コメント(11件)

内 容 ニックネーム/日時
Ericさま。 ハリセン、確かに受け取りましてよ!(笑)
先日、Ericさまには話しましたように、今回は私の書き方が悪かったなとも思っています。(理由は述べましたね) その、言葉足らずなところを、いろんな方がいろんな言葉で補足してくれたのだと、私は感じております。
また、Ericさんの仰るように、「言葉」というものは、その人の「バックグラウンド」で、随分と認識が異なってくるものだと私も感じております。
しかし、私が私の記事において、その言葉をどのような意味合いを持って使ったのか…ということが、読み取れる方と、読み取れない方がいるのだと、今回、つくづく感じました。
Kelly
2004/08/14 00:01
ある程度の経験やそこから得た認識により、その人が、どの程度の意味とイメージを抱いて、その言葉を使っているのか…。
大抵の大人であれば想像がつき、その想像から、議論展開へと発展していく…。 そういうものだと思っています。 つまり、この記事に書かれているように、Ericさんの主旨は、Kellyとしては理解できます。
そして、あの場で反応し、議論を交わした人々も、当然Ericさんの意見に同意するものと思います。
しかし、なぜ、その「言葉の刷り合わせ」をする必要があり、したのか…。
そこには、ちょっとしたミステリーが存在したからなのです。
Kelly
2004/08/14 00:04
正しい議論展開とはいえなかったかもしれませんね? いろんな人がいて、それもまた自由… そうかも知れませんね…。 しかし、私は、不十分であった私の記事に責任を持たなくてはならないと感じました。
それが、「言葉」による認識の違いから生じたものであれば、その言葉をどのような意味とイメージを持って使ったのかを説明せねばならないと感じたからです。
その必要はない、と言われればそれまでなのでしょうが…。
そうしてしまうのが、これまた「Kelly」なのだと、ご理解くださればありがたい!
Kelly
2004/08/14 00:06
しかしながら、Ericさんの、ハリセンは、しかと心に受け止めました。(笑)
ありがとうございます!
そして、この私の記事により始まった議論で、西高を誤解するようなことがありませんことを、祈ります。(笑)
彼らはみな、大人です。 Ericさんの意見はきっと誰しもが感じていることだと、Kellyは思っております。
それでも、あえて、私の不十分な記事を補足してくれたのだと…。 そうご理解いただければ幸いです。
Love, Kellyxxx
Kelly
2004/08/14 00:11
途中で自分を取り繕う言論をしてました。そしてかばったりかばわれたり。わかっていたのですが。評論家にはかないません。エヘ
酔蝶
2004/08/14 00:21
なるほど、もっと広義に評論というものを捉えてもいいんじゃないかってことですか。感想でも評論だということですね。できれば、なぜそう感じたのか、客観的に分析してもらえると、面白い評論になるかもしれませんね。逆の場合もありますけど。今芸術が感動を呼び起こすとして、なぜそのようなことが人に必要なのか考えているんですけど、どう思います?。
流 相馬
2004/08/14 00:57
こんばんは。
Ericさんのハリセンの音が聞こえたので来てみたら巻き添えを食いました(笑
語義のすり合わせのお話、私はそこに気付くことができなかったから、誤解をしてしまったし、させることにもなってしまいました。物事を語るのには「ことば」が必要。でも、たとえ同じ日本語であっても人によってその捉える意味が違うから、その人の意図をくみ取ろうとする姿勢がないと誤解が生じてしまう。そしてまたそれに対する反応もまたそんな「ことば」でする事になるから・・・ということをひっくるめて理解しないと議論にならないんでしょうね。私はついつい字面だけを追ってしまっていたから・・・コミュニケーションってずっと思っていたよりも難しいですね。
Ericさんの冷静な分析と意見を読んで、目から鱗が落ちました。
zin
2004/08/14 01:25
Kelly様,私は「その言葉をどのような意味とイメージを持って使ったのか」を説明することについては否定していないつもりです。説明してもらわないと分からないときもありますから,「私はこういう意味で使ったんだ」と言ってもらえると非常に助かるのです。
ただ,「ある人がある言葉をどの様な意味(とイメージ)で使ったか」が分からないとき,まずは「どの様な意味で使っているか」を質問するべきであって,いきなり「あなたの使っている言葉は意味が違う」と言うのは筋が違うと思った訳です。
今回の場合weblogの主催者はKellyお姉様ですから,言葉の使い方はお姉様が一応の基準となると私は考えた訳です(それでちょっと揚げ足取って,質問してみました)。
で,ハリセンについては,主催者に代表して受けてもらったと言う事で(とんだとばっちり),別にお姉様だけに向けたものではありませんから,ご安心を。
Eric Prost
2004/08/14 09:12
酔蝶様,いらっしゃいませ。
私も「人の事言えた」質ではありません。自分を取り繕いまくりです。「人の振り見て我が振り直せ」,いつもしてたら評論家なんてできません(笑)
Eric Prost
2004/08/14 09:16
流様,ちょっと違うかも。「広義に評論を捉えましょう」ではなく,(例え自身は評論を狭義に捉えていても)「評論を広義に捉えている人がいる」,「辞書上は感想に当たる事でも,評論と認識している人がいる」ことに注意を払って下さいと言う事です。別に評論を狭義に捉える(「感想」は「評論」ではないとする)こと自体を悪いとは言いません。みんなに向かって「評論を広義に捉えましょう」と言うつもりはさらさらありませんので。
言葉の使い方は基本的に(上述の「必要に迫られる場」でない限りは)自由であるべきです。ある言葉を広義に捉えるか狭義に捉えるか,それすらも自由ですから,「自分と他人とで言葉の使い方が違う」事に寛容である事が重要でしょう。
…これで良いかな?(自身の意見に疑問符かよ!)
Eric Prost
2004/08/14 09:26
zin様,いらっしゃいませ。本来コミュニケーションは字面で取るものではありませんから,インターネットでコミュニケーションを取るのは非常に難しいのです。だから,絵文字や顔を模した表現,(笑)マークや(泣)マーク等を駆使する事によって感情の一端でも表現できるようにするのでしょう(それが行き過ぎて「こういったものがないと感情を推測できない」ようになっているのは困りものですが)。
コミュニケーションの場で字面だけを追うのは,誤解を生む素となるので気を付けたいですね。
Eric Prost
2004/08/14 09:32

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